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CSテレビ 朝日ニュースター  「ザ・ディベート」 1996年5月放映

 

動物実験の是非を問うディベート(その2)

ALIVE 1996.8  No.3 より


ディベーター
佐藤温重(東京医科歯科大学教授・日本動物実験代替法学会)※肩書きは1996年当時
野上ふさ子(地球生物会議)
司会: 石田勲(朝日新聞記者)


法規制について

佐藤 法規制の問題ですが、確かにヨーロッパは規制が厳しく、公的機関による規制が非常に強く行われています。そしてライセンス、許可制度が強く行われています。しかしアメリカは自主規制というか、たとえば研究機関ごとの規制が強いのではないかと思います。日本もどちらかと言うとアメリカに準じたものが実行されているようで、動物実験については文部省の通知に従って、各大学で自主的に行っています。

 その自主的に行っているものの内容は、今ご指摘があったようなところもあるのかもしれませんが、日本はいろいろな制度についてだんだんと自主的にいいものを考えていこうという風土をつくろうとしているわけで、この件でもそうです。大学では、規約が相当に整備されているように思います。学生に対しても、適当な機会に、社会的な動物実験に対する動向なども含めて、根本的には動物の権利をどう考えるかとい
うことですが、それも含めて説明されている状況だと思います。

野上 アメリカには動物福祉法という法律がありますね。動物虐待罪についても、それなりのかなり重い罰則があります。しかし、日本は「動物の保護及び管理に関する法律」では、たかだか罰金3万円で、しかもこれで検挙される人はほとんどいない、年に3件とか5件くらいしかありません。(※注) 
  法的な効力がほとんどなく、まして動物実験の場における動物虐待については、非常に密室の中で行われているために窺い知れないところです。

 ですから、先生のいらっしゃるところではそうだとしても、ほかの大学ではそうではないかもしれない。現に、私どもの会には、実験が耐えられないということで、働いている人たちからのいろいろな電話や手紙がくるわけです。そういうものを見ると、やはり自主的なものでうまくいっているというようには思えないのです。やはり法制化がなされ情報公開がなされ、一般の人にオープンにするというところがないと、ますます疑惑がつのるという感じがします。

佐藤 ちょっと誤解があるといけないのですが、アメリカの動物福祉法は近年改正も されているところですが、それに比べて日本の法律はゆるやかだというご指摘ですが、(日本では)機関が自主的にきちんとやるという風土を定着させるということが、非常に大切だと思います。規律や規則で縛るのではなくて。そのことがこの問題も含めて大切だと思っているところです。

野上 私はそうは思わないんですね。

佐藤 規制しろと言うことですか。


情報公開と市民の参加を

野上 規制しろと言うよりも、そこに市民を参加させなさいということです。やはり自分達だけで、内部の人間だけで、うまくやっているんだから、外部の人間は口を出すなという方向にしばしばいきやすいからです。この問題については、動物という、人間とは違う種類の生命が関与しているわけで、彼らは声を出すことができないし、自分たちの苦しみを訴えるすべがありません。ですから、動物の側の代弁者が必要です。その代弁者は利害関係のない一般の市民や地域の住民であるわけです。そういう人々が動物実験の委員会や内容に対して監視できる、関与できるというシステムが絶対に必要だと思います。

司会 外部の人をいれた倫理委員会をつくって審査するということは、自立的にやる部分としても、そういった意見を聞いていこうという流れはできつつあるんですか。それともまだまだなんでしょうか。

佐藤 アメリカのNIHという研究機関、国立保健研究所で出しているガイドラインがあり、これは確かに整備されているものですが、日本ではそこまで整備されているものがあるかどうかは知りません。外部の人を入れているところがあるかどうかは知りませんが、医学部ではいろいろなことを含めて倫理委員会というのが作られており、そこに外部の人を入れるということは話題にはなっているけれどもなかなか具体化はしていないという状況だと思います。

野上 それは動物実験が非常に隠されているというイメージを私たちが受け取ることの証拠なのです。たとえば、動物実験施設を見せてほしいといって、絶対に見せられないという拒絶の態度です。なぜそんなに隠すのですかと、疑問に思うわけです。

佐藤 それは隠すのでしょうかね。

野上 隠していると思います。

佐藤 動物実験の現場は、一般的あまり愉快ではないシーンがありますから、むやみに公開ということには賛成できませんが、専門的な立場で熱心な方がどうなっているかということについては、個人的には公開されるべきだと思いますね。

野上 私がいくつかの実験機関に公開してほしいという要望をしたとすると、まず大学の中で協議してだいたい不許可になります。個人的にはある先生はいいと思っていても、大学全体ではシステムとして外部の人を入れられないという仕組みになっているようです。

動物実験の方法論

司会 実験の進め方については、野上さんの方からいくつかご指摘がありましたが、原点のところで、本当に動物実験は必要なのかどうか、たとえば動物実験を廃止してしまったらいきなり人間で実験することになるんだというお話がありましたが、その点、研究者の立場としていかがでしょうか。

佐藤 先ほど説明したように、毒性試験や安全性試験の意味するところは、それを人間に投与して安全であるかどうかを確認する試験であったわけです。これをやめてしまったらどうなるのかということですが、「動物試験していない薬を投与してもいいですか」と聞かれたら、多くの人がノーと言うようになっている。それはなぜかというと、動物と人間は完全ではありませんが、ある共通性の部分がある、だから動物で試験されたものであることによって人間への投与の可能性が調べられたわけです。従って、動物実験を全廃した場合には、さしあたって相当不都合を生じるのではないでしょうか。

野上 私はそこに方法論の問題があると思います。動物で安全性を確認する、有効性を確認するという場合に、動物を人工的に病気にすることから始めなければいけませんから、疾患モデル動物を作り出して、それから薬を投与するという過程を踏みますが、その時に、人工的に病気にされた動物が果たして私たちの病気のモデルなのかという根本的な疑問を感じます。もっとさかのぼって言えば、やはりこれだけ新薬が必要なのかということが一番の根本的なところにあります。

 それから、動物実験をしないですぐに人間に使っていいのかいいますが、たとえばエイズの薬などはほとんど動物のところを飛ばして人間で直接やろうということになっています。というのはエイズは人間だけに感染する病気で、人のエイズと動物のエイズは違いますから、モデル動物を作ることができないので直接人体でやらなければならない。本質的には人間の病気は人間だけのものであって、種が異なったらやはりそれは違うものではないか。

 ですから方法論の問題として、私はもっと臨床のデータを細かく集めて、そういうものを分析して判断するという手法が絶対に必要ではないかと思います。比較の問題からすると、比重のかけ方、お金のかけ方、労力のかけ方が間違っているのではないかという疑問を感じます。

病気の予知のために

佐藤 今のお話で一つ反論がありますが、動物と人間との違いということ、それは種による違いはご指摘の通りで、動物でやったら即人間とは誰も思っていません。ですから、動物のデータをどうしたら人間に適用できるかという研究が一方で積極的になされています。それとは別に、正常な動物で治療の研究はできないので、モデル疾患動物の開発も非常に進められています。昔は薬物で糖尿病を起こしてきたが、環境汚染物質の中にすい臓を破壊する物質が見いだされそれでモデルを作るようになったり、あるいは遺伝的に糖尿病の動物を作るということになって、歴史的にはだんだんと人間の疾患に類似したものを探してきたのだろうと思います。

 毒性試験のもっとも大切な点は、そういうことを未然に防ぐための、つまり予知をするためのものなのです。予知のための学問です。経験的に人間がさきに接して副作用があったとか病気が治ったということは非予知的なもの、事後なのです。われわれが必要なことは、事前に予知するということが大切なのです。安全性の確認と言うのは、むしろ予知の確認なのです。従って、どうしても事前にそれを確かめなければならにということが非常にポイントになると思うんです。

野上 それより先に問題なのは、先ほど私が言いましたように、これだけの化学物質、医薬品、化粧品、洗剤が必要かどうかとうことです。タバコやアルコールなどもそうですが、予知も何もないと思います。タバコがいい人もいれば悪い人もいるでしょう。しかしそれは人間の問題であって、それを動物を使ってねずみにいっぱいタバコを吸わせて肺癌になったとか、アルツハイマーにはなりにくいとかというレベルの問題にすりえていくことがおかしいと思うのです。それは予知では無いと思います。むしろ、自分達の論理、あるいは企業の便益のための弁明というか、それに利用されている側面が非常に多いと思います。

佐藤 しかし、人類がまだ克服していない疾病もあり、そういうもののためには新しい医薬品を開発して安全性を予知した、これまでの考え方はそれなりの有用性はあったのではないかと思うのですが。

野上 克服していない疾病とおっしゃいますが、それではこれだけ近代医学が発達して、病気の数が減っているでしょうか。あるいは医療費が削減しているでしょうか。 逆に、どんどん医療費はうなぎ登りに上昇して、私たちの健康保健や税金の負担になっているわけです。ですからむしろ、医学というものは病気を治すというよりは、どんどんお金を使う消費の構造に巻き込まれているように思うのです。環境保護やエコロジーの観点から言いますと、本当に予知とか予防というのは、まず病気にならないライフスタイル、それを選択することが一番大事なはずなのです。ですから、食品添加物、農薬、あるいはさまざまな何百万という化学物質の環境への放出、そういうものに中で私たちが生きていることはどうなんだろうという根本的な疑問から、私は動物実験の問題を考えています。
 化学物質の開発についても、やはりそれはどういう目的でどういう部分に必要なのかを、開発する前に情報公開してその必要性を議論して決めるべきではないかと思います。

佐藤 私はやはり難病、あるいは高齢化社会を迎えて高齢者のまだ求められている医薬品は確かにあるだろうと思います。またより有効でより副作用の少ない薬を求める気持ちもあるだろうと思います。そういう意味では、少し暴走した開発競争があったというご指摘はその通りかもしれませんが、やはり最低こうした難病の治療を求める医薬品は、患者さんサイドからすれば強く求めれているのではないかと思います。

医学にもエコロジーを

野上 難病とおっしゃいますが、今日本人に一番多い病気、高血圧、心臓病などはほとんど私たちのライフスタイルに起因しています。ですから生活スタイルを変えることによって大幅な医療費の削減ができます。その削減された部分を、本当に病気に苦しんでいる人たちの医療に使うべきであって、やはり社会全体の中で医学研究費あるいは医療開発費をどのように使っていくかという議論をする土台が必要ではないでしょうか。

 その中に、動物実験も含まれています。たとえば一つの医薬品の開発に十数年、百五十億円もかかると言われます。そのうちの半分くらいは非臨床試験、動物実験で使っているわけです。それだけ莫大な費用を私たちが消費者として払っている、あるいは税金から使われているということを考えたときに、それが適正な配分なのかどうか議論をしなければいけないと思います。その意味でも、いろいろなものの情報公開、それから私たち自身が学んでいく課程、それから医薬品開発、化学物質の開発に市民が参加していくというシステムを作ること、これがこの問題を議論する前提にならなければいけないと思っています。

佐藤 私も市民参加型を否定するものではないし、とかく専門的に進めてしまうと、思いがけないことを見落としていることもあります。それからご指摘のように総合的、エコロジカルな、全地球的に物事を考えなければならないということは、その通りだと思います。

(※注)動物保護法
1999年12月に、「動物の保護及び管理に関する法律」が、「動物の愛護及び管理に関する法律」に改称され、動物虐待罪は、懲役1年以下、罰金100万円以下となった。

(その3に続く)

動物実験の是非を問う(その1)

動物実験の是非を問う(その2)

動物実験の是非を問う(その3)

 

 


 
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