内閣府および文部科学省が検討している動物性集合胚の規制緩和について、審議会の該当委員会/部会の傍聴や議事録からまとめてみました。近く文部科学省から指針改正案が出される見込みです。ぜひ皆様からも意見を届けてください。
■ ブタの体内でヒト臓器を作る!?
「
人間の細胞含むブタ胎児、作製成功…臓器作りへ 人間のiPS細胞(人工多能性幹細胞)をブタの受精卵などに入れ、人間の細胞が入ったブタの胎児を作ることに初めて成功したとする研究成果を、米カリフォルニア州のソーク研究所などのチームが発表した。ブタの体内で人間の臓器を作り、移植する医療の実現につながる成果だが、倫理的な問題もはらんでおり、議論を呼びそうだ。」(読売新聞2017.1.27)
「
異種動物間で移植 治療に成功 世界初 マウスのiPS細胞(人工多能性幹細胞)などから膵臓(すいぞう)をラットの体内で作り、その組織を糖尿病のマウスに移植して治療に成功したと、東京大医科学研究所の中内啓光教授らの研究チームが25日付の英科学誌ネイチャー電子版に発表した。異なる種の動物の体内で作った臓器を移植し、病気の治療効果を確認したのは世界初という。・・・ブタなどの体内でヒトの臓器を作って移植する再生医療の実現につながる成果で・・・」(毎日新聞2017.1.26)
最近、相次いでこのような人移植用臓器を動物体内で作成することにつながる研究成果がニュースになりました。さらに4年前には以下のようなニュースもありました。
「
動物体内でヒト臓器 政府、作製研究容認へ 政府の総合科学技術会議は、動物の受精卵を操作して、動物の体内で人間の臓器を作製する研究を認める方針を固めた。再生医学が進んで、臓器まるごとの作製も視野に入り、動物の体内で臓器を育てる研究が欠かせないと判断した。同会議専門調査会は18日の会合で、研究容認の見解案をまとめ、7月に最終決定する。・・・ただし、無条件に人間の臓器を持つ動物を作ると、人間の尊厳を冒す恐れもある。・・・同会議の見解を受けて、文科省は指針の改正に着手する。」(読売新聞2013.6.18)
「
動物体内でヒト臓器、容認 国方針、移植医療研究に道 生命倫理・安全に課題 ブタなどの体内で人間の膵臓(すいぞう)や肝臓を作る実験が動き出す――。動物を利用して人間の移植用臓器を作るための基礎研究を認める方針を18日、国が示した。iPS細胞(人工多能性幹細胞)などの技術を活用したものだが、人間と動物の両方の細胞を持った新たな動物を生み出すことにつながり、双方の境界をあいまいにさせるなど、人間の尊厳に関わる問題もはらむ。」(朝日新聞2013.6.19)。
これらの背後にある技術の1つは「胚盤胞補完法」と呼ばれる技術で、もう1つは「動物性集合胚」と呼ばれる技術です。
胚盤胞補完法は、遺伝子操作で特定の臓器を作る事を出来なくした動物(ホスト)の胚に、別の動物(ドナー)の多能性幹細胞(iPS細胞やES細胞など)を注入し、仮親(代理母)の子宮に移植して出産させると、生まれた動物の中にドナーの細胞から成る臓器が作られる、という仕組みです(図1)。このとき、ドナーをヒトにすると、動物の体内でヒトの細胞から成る臓器ができるというわけです。ホストの胚にドナーの細胞を注入してできた胚を
キメラ胚、特にドナーがヒトである場合、
動物性集合胚と呼びます。
■ 動物性集合胚とは?
動物性集合胚とは、動物の胚に人の細胞(ES細胞やiPS細胞など含む)を注入したものです。生まれてくる動物は人の要素を持った(人の細胞が混ざり合った)動物(ヒトー動物間のキメラ動物)ということになり、人への移植用の臓器作成などの研究への利用が期待されています。動物性集合胚は、クローン技術規制法で定められた
特定胚(クローン技術等を用いてヒトや動物の胚を操作して作られた特殊な胚)の一種で、「人の尊厳の保持、人の生命及び身体の安全の確保並びに社会秩序の維持」の観点から、「
特定胚の取扱いに関する指針」で作成や取り扱いが規制されています。(2001年〜)(※1)
具体的には
・作成時に文部科学大臣への届け出が必要。
・ヒトに移植可能な臓器作成に関する基礎的研究を行う目的に限り作成が可能。
・作成から原始線条(胚が個体としての発生を開始する出発点と考えられている)が現れるまでの間(最大14日)のみ、取り扱うことが可能。
・
ヒトや動物への胎内移植は禁止。
などです(図1)。
つまり、動物性集合胚は、(体外で)作成はできるものの、作成後わずかな期間の研究(基礎的研究)のみに限り、子宮移植や個体の作成は許されていません。現在、この指針を改正して規制緩和を行うための検討作業が大詰めを迎えています。
なお、この指針やニュース記事でも出てきた倫理上の問題は、あくまで
「人の尊厳」を脅かす恐れという観点でのものであり、動物を対象にした倫理ではありません。
動物性集合胚の作成が条件付きで認められている背景には、移植用臓器の作成研究など有用性が認められることや、「基本的に動物である」という認識があります。
海外では、霊長類を使った研究や、ヒト由来生殖細胞を発生させる可能性のある研究は規制されているものの、動物性集合胚全般に対する日本のような規制はないようです(内閣府・文科省調べ)。このため、ニュース記事にも出てきた中内教授はアメリカに拠点を移して研究しており、日本での規制緩和を訴えています。
■ 事の発端は中内教授の届出
今回の規制緩和論議の発端になったのは中内教授の届出です。2010年7月に動物性集合胚作成の届出が出され、同じ月に文部科学省(特定胚及びヒトES細胞等研究専門委員会)に呼ばれ、研究について説明を行っています。なお、動物性集合胚作成の届出が出されたのは指針制定以来このときが初めてで、以降現在に至るまで新たな届出は一件も出されていません(約15年間で一件のみ)。
また、この年の12月に中内教授は再度委員会に呼ばれて、研究の進捗状況の説明を行い、同時に規制の緩和を訴えています。このとき中内教授が行った研究の解説がわかりやすいので以下に引用します。(特定胚及びヒトES細胞等研究専門委員会(第78回)議事録より)
「今、再生医療が非常に注目されていますが、今の再生医療が目指しているのは、幹細胞から誘導した細胞を用いた細胞レベルの治療でありまして、心臓とか、腎臓とか、肝臓とか、そういった臓器レベルの再生を目指す、そういった研究はほとんどなされていないわけです。・・・・・しかし、
試験管の中で臓器をつくるということは非常に難しいので、動物の個体内だったらできるのではないかというのが、そもそものアイデアなわけです。」
「私のアイデアというのは、このキメラをつくるときに、
ホスト側に、ある臓器を欠損する、例えば膵臓が欠損している、Pdx1という遺伝子をノックアウトすると膵臓ができないマウスがいて、生まれるとすぐ死んでしまうわけですが、この胚盤胞に正常なマウス由来のES細胞あるいはiPS細胞を入れてあげる。そうすると、ES細胞とかiPS細胞由来の膵臓ができるのではないか。・・・・・この方法は胚盤胞補完法と言うんですけれども、これを考えたわけです。」
「
ラットのiPS細胞を使ってマウスの個体内でラットの膵臓をつくることに成功しました。これが例えば
ヒトとブタで同じようにうまくいけば、ブタの個体内でヒトの臓器をつくるということが可能になるわけです。そうすれば、移植ドナーの供給源として医療に大きく貢献できるだろうというふうに考えています。」(図2)

■ 規制見直しの動き、検討経緯
動物性集合胚の規制見直しについては、2012年1月から内閣府の 生命倫理懇談会および総合科学技術会議(現・総合科学技術・イノベーション会議)生命倫理専門調査会で検討が行われ、2013年8月1日に以下のような見解(概要)が出されました。
(研究上の意義)
動物性集合胚については、ヒト疾患の病態解明に資する疾患モデル動物の作成や、ヒトiPS 細胞等の多能性の検証など、動物胎内への移植によらなければ得られない科学的知見が得られる可能性がある。
(作成目的の見直し)
研究の進展により、有用性の高い基礎的研究が想定されることから、 「特定胚の取扱いに関する指針」上の作成目的(臓器作成研究)の見直し(拡大)を検討することが適当。
(動物胎内への移植の是非)
ヒトと動物の境界が曖昧な個体の産生によって、人の尊厳の保持等に影響を与えるおそれがないよう、科学的合理性、社会的妥当性に係る一定の要件を満たす場合には、動物性集合胚を動物の胎内に移植することを認めることが適当。
これを受けて文部科学省の科学技術・学術審議会生命倫理・安全部会特定胚及びヒトES細胞等研究専門委員会(現・特定胚等研究専門委員会)は、まず科学的観点からの調査・検討を重点的に進めるべく、その下に動物性集合胚の取扱いに関する作業部会を設置しました。作業部会は、2013年12月から11回の議論(委員・有識者からのヒアリング等)を経て、2016年1月に以下のように調査・検討の結果をまとめました(主な内容要約)。(図3)
(作成目的)
現在、人移植用の臓器の作成に関する基礎的研究に限られているが、他の作成目的として、疾患メカニズムの解明、創薬、新たな治療法の開発、多能性幹細胞の分化能等の検証について意義があると考えられる。
(他の手法との比較)
生体内における発生プロセスを通じて、機能・構造が正常な臓器を作成できる可能性がある点、ヒトの疾患に近い病態をその発生過程を含めて再現することが期待できる点や、生体内における細胞同士の相互作用を踏まえた解析が期待できる点、発生プロセスに沿った分化動態を観察、検証できる点で動物性集合胚による方法が優位である。
(用いる動物)
移植用臓器の作成については、ブタはヒトと在胎日数や臓器の大きさが近い等のメリットが認められる。
(分化制御技術の精度)
現在は目的細胞に分化誘導することを目指した研究が進められている段階であり、目的細胞以外への分化状況の解析など分化制御技術に関する研究は十分に行われていない。
(人や動物の安全確保)
動物性集合胚の移植先の動物(母胎)や動物性集合胚に由来する個体の安全面については、動物間のキメラ個体と変わらないと考えられるため、現行の動物実験に関する法令・基準に従うことが必要である。
この後、この作業部会の親である特定胚等研究専門委員会において、2016年3月から、倫理的・社会的観点も含めた総合的な見地に基づいた議論が行われ、2017年2月現在、まだ案の段階ですが、「倫理的・法的・社会的観点からの整理」として、以下のような整理がされています(主な内容要約)。
(ヒトと動物との境界が曖昧となる個体や、人の尊厳を損なう場合等について)
・一般国民にとって、「ヒト及び動物」の要素が渾然一体となって交じり合うイメージに対する嫌悪感や、漠然とした未知のものに対する懸念が大きいと考えられるが、研究の有益性や、「ヒト及び動物」の要素が渾然一体となって交じり合う個体が産生する蓋然性(が低いこと)について丁寧に説明するとともに、研究の透明性を確保すること等で、一般国民に許容される研究もあると考えられる。
(研究目的について)
諸外国の規制等を踏まえ、脳や生殖細胞の作成を対象とする研究や、動物胚や移植先の動物を霊長類とする研究については、当面の間禁止することも含めて慎重に検討していく必要がある。
(その他)
動物福祉の観点では、通常の胚発生・個体発生と比較して、以下のような懸念が考えられる。
・動物性集合胚の発生に伴い、胎仔自体あるいは特定の臓器が物理的に増大して、胎仔及び母胎が苦痛やストレスを生じる可能性は低いものの、否定はできない。
・胎仔あるいは母体に何らかの免疫学的な異常や、生理学的な異常が起きる可能性を否定できない。
このため、動物性集合胚の胎内移植後、着床までの胚、妊娠期間中の胎仔及び母体の状態を経時的に観察しながら、研究を進める必要がある。
■ 議論の要点
生命倫理専門調査会、動物性集合胚の取扱いに関する作業部会、特定胚等研究専門委員会3つの会議、合わせて5年の議論を通して、検討されたのはあくまで人の尊厳や人への安全性の観点、あるいは研究の意義や進展状況であり、動物の尊厳は議論の対象にもならず、動物愛護や動物福祉が申し訳程度に付け加えられたという印象です。
人の尊厳や人への安全性の観点から特に問題になっていたのが、
人の脳細胞や生殖細胞への分化の恐れと、それを防ぐための(目的の細胞への)分化誘導技術、(目的細胞以外への分化を防ぐ)分化制御技術です。キメラ胚の発生・細胞分化においては、基本的にドナーの細胞は全身に寄与するため、意図しない組織・臓器や意図しない生物が生み出される可能性があります。特に人の脳細胞が動物の脳に影響を与え、例えば動物が人の思考を持ってしまうことや、動物の体内で人の生殖細胞ができてしまうことなどが懸念されています。分化誘導技術や分化制御技術については研究開発途上であり、進展はしているものの、完全な方法はまだないようです(※2)。
動物の苦痛/動物福祉については、生まれてくる胎児や目的の臓器のサイズはホスト動物のサイズになるとされており、胎児や臓器の巨大化などによる苦痛の可能性は低いとされています。一方で、胎仔あるいは母体に何らかの免疫学的、生理学的な異常が起きる可能性は否定できない、とされています。
海外の規制状況については、内閣府及び文部科学省の調べでは、日本での分類による動物性集合胚はヒト胚と認識されていないため、それ自体での特段の規制はなく、ヒト多能性幹細胞を用いることによる規制や動物実験自体の規制を受け、個別審査で対応されているようです。ただし霊長類をホストとすることは禁止/規制している国が多く、この点、普段から霊長類の実験使用に特別の規制がない日本では、科学者の理解はいまいちのように見えます。また、
欧米では日本と違い、動物実験そのものに厳しい規制があることにも注意が必要です。なお、日本の法律は、生後の動物のみ保護の対象ですが、イギリスの法律では、哺乳類、鳥類、爬虫類については、妊娠期間、孵化期間の半分経過時以降は保護対象になります。またEU指令では、対象動物が実験の結果として後に痛みを伴う発達段階に至ることが想定される場合においては、全ての発達段階の脊椎動物が保護対象になります。
■ 議論の実態と委員の選定
総合科学技術会議(生命倫理専門調査会)で先に規制緩和の方針が打ち出されていることもありますが、それを受けた文部科学省の作業部会、委員会の議論は
明らかに規制緩和ありきの方向で議論されています。もっと言えば、結論が先に決まっていて、その結論を確認・追認するためにヒアリングや会議を行っているようにも見えます。また、これは日本の審議会とその配下の部会や委員会全般についても言えることですが、委員を選ぶのは基本的に各省庁ですし、議論の枠組みはあらかじめ省庁が設定していて、選ばれた委員はその枠組みの中で発言しているに過ぎないという印象があります。喧々諤々の議論がされるなどということはほとんどありませんし、せっかくの発言も結局はとりまとめの段階で各省庁があらかじめ決められたシナリオに沿うように表現を改変したり文章をまとめてしまっているように見えます。ほとんど発言しない委員や欠席する委員、また、議論の前提をよく理解していない委員もいます。きわめて大事な事項を審議する真剣味というか責任感が欠ける傾向があるように思います。なお、委員は医科学研究者の他に、医療倫理・生命倫理や法学の専門家が何人か入っていますが、
動物福祉の立場に立つ人は入っていません。このような状況で、はたして「議論が尽くされた」などと言えるのでしょうか?
■ キメラ動物作成の現状
動物性集合胚はキメラ作成の一形態(ヒト細胞をドナーとし、胚発生段階に注入して混ぜ合わせる)ですが、
キメラ動物(異なる生物体の細胞で構成される動物)自体は動物実験の世界で日常的に作られています。特に遺伝子ノックアウト動物を作成するときに、作成の過程で同種間のキメラ動物を作成することになります。また、異種間キメラであっても、発生期の胚ではなく、動物の胎児や成体の体にドナー動物(ヒト含む)の臓器や組織、細胞を移植する実験も日常的に行われています。しかし異種間のキメラ胚(胚発生段階にドナー細胞を注入)から個体を作った例はまだあまりないようで、中内教授が作成したマウス―ラットのキメラや、過去には羊と山羊のキメラ動物も作られたようですが、作成例は限られているようです(さらにヒト細胞をドナーとする動物性集合胚から個体ができた例はまだないようです)。
このため、
動物の発育、健康についての知見が十分得られていないと思われます(※3)。一般的には
生命操作(遺伝子改変やクローンなど)を受けた動物は、流産、死産、早死、先天異常、奇形などが多いと言われており、さらに目的の動物を一匹得るために、胚の段階や生後に(発生不良、発育不良、目的の細胞や遺伝子が十分に入っていないなどの理由で)
使用せずに処分する胚や動物がたくさん出ると言われています。
■ ヒト臓器作成の現状
ヒト細胞から成る臓器を人工的に作る方法としては、胚盤胞補完法の他に、iPSなど多能性幹細胞を(動物に移植せずに体外で)培養して作成する方法、3Dバイオプリンターを用いる方法(細胞を立体的に打ち出して構築する)などが研究されていますが、
どの方法もまだ丸ごとの臓器を作成するには至っていません。胚盤胞補完法も、そもそもまだ個体作成の成功例が少ないことや、前述の発生率、出生率、生育率、ヒト細胞寄与率の問題、分化誘導、分化制御の問題などがあり、まだ本当にできると決まったわけではありません。ただし他の方法に比べて一番実現可能性が高いと言われており、本当にできるかどうかを調べるために実験をしなければならない、ということになっています。
■ 異種移植の現状
動物の臓器を人へ移植する
異種移植については、20世紀に少なくとも数十件の症例(全て海外)があることがわかっており、ドナー動物はチンパンジーやヒヒ(の腎臓、心臓、肝臓)が主に使われ、患者はほとんどが数日以内(最長で9か月)に死亡しています。主な原因は異種間で起こる免疫拒絶反応で、この克服が一番の課題とされています。このため昨今では、人に免疫拒絶反応を起こさせないために
特定の遺伝子を破壊した動物や、ヒト遺伝子を導入したブタの研究が行われています。20世紀末から長年研究が行われていますが、まだ臓器まるごとの移植については実用レベルには至っていないようです。なお、臨床応用の研究ではブタから霊長類への臓器移植の実験が行われます。
ドナー動物にブタが選ばれている理由は、@
臓器のサイズや生理機能が人に近いこと、A
感染の恐れが少ないSPFブタ(特定の病原体を持たないように特殊な環境下で生産される動物)
が開発されていること、B
繁殖技術が確立され、産仔数が多いために十分な供給数が確保できること、C食用家畜のため(特に霊長類と比べて)
倫理的抵抗が少ないこと などとされています。海外ではブタ臓器の一部の細胞の移植(一型糖尿病患者へのブタ膵島、パーキンソン病患者へのブタ脳細胞など)が既に行われています。
また、異種移植には
ブタ内在性レトロウイルス(進化の過程で遺伝子に組み込まれたウイルス)の人への感染リスクが重大な問題として指摘されており、関連遺伝子を破壊する方法やレトロウイルスを生産しないブタなどの研究が続けられています。国内ではこれまでこのウイルスが排除できないことから、事実上、異種移植は禁じられてきましたが、厚生労働省は昨年、海外で感染例がないことなどを踏まえ、
異種移植が一部行えるように関連指針(異種移植の実施に伴う公衆衛生上の感染症問題に関する指針)を改訂しました。
異種移植が期待される背景には、
ヒト臓器の圧倒的なドナー(脳死患者など)不足があると言われています。
■ 約半数の市民が反対している!
東京大学による平成23年度「再生医療研究における倫理的課題の解決に関する研究」では、
「人間の細胞を有する動物の作製」に43%、「人間の臓器を有する動物の作製」に45%の人が「許されない」と回答しています。(「わからない」がともに約3割)(一般市民3,137人+日本再生医療学会会員919人が回答)
また、京都大学iPS細胞研究所の八代嘉美らが日本再生医療学会 「社会と歩む再生医療のためのリテラシー構築事業」で2015年に行った調査では、
「人間の臓器を持つ動物を作り出すことについて」に一般市民(2,109人)で約5割の人が「許されるべきではない」と回答しています。「構わない」または「生物の種類によっては構わない」と答えたのはたったの約2割でした。
また、2013年に
yahoo japanがインターネットで行った意識調査「動物の体内でヒトの臓器を作製、どう思う?」では、動物の体内でヒト臓器を作製することを容認した生命倫理専門調査会の方針に対し、39,803票の投票があり、反対(43.1%)が賛成(42.9%)をわずかに上回りました(「わからない」14%)。
■ 以下の観点から動物性集合胚の規制緩和(胎内移植解禁等)に反対します!
〇 動物にも尊厳がある
生命倫理専門調査会や文部科学省の委員会、作業部会の議論では、「動物の尊厳」については全く議論に上りませんでしたが、人間に尊厳があるように、動物にも尊厳があります。動物愛護法にもうたわれているように、動物は物ではなく、それぞれの個体が交換不可能な唯一の存在であり、生命の神聖性を持っています。数十億年もかけて多様に進化/分化してきた自然な有り様はそれ自体が尊重され、敬意を払われるべきものであり、地球上の生命種の一種に過ぎない人間が目先の利益や知的好奇心でそれを破壊することは生命への冒涜です。さらに、動物を人間の身体の補充部品として扱うことは、動物を物や道具化することであり、動物愛護法の精神にも違反しています。
〇 動物の健康、福祉に重大な懸念
胚発生段階から作る異種間のキメラ個体については作成事例が少なく、動物の健康・福祉上の知見が十分得られていません。混ぜ合わせる種の組み合わせやドナー細胞の種類・性質によっては、何らかの免疫学的、生理学的異常から、動物に大きな苦痛やストレスが発生する懸念が排除できません。遺伝子改変動物やクローン動物と同様、キメラ個体も作成条件によって一個体ずつ動物の健康状態が異なることが予想されますが、如何に注意深く観察しても、動物の苦痛やストレスが必ずしも外見から判断できる保証はありません。また仮に「臓器工場」や薬効・安全性試験などで動物が大量に用いられることになった場合、一個体ごとの健康や福祉への配慮は蔑ろにされる恐れがあります。生命倫理専門調査会や文部科学省の委員会、作業部会で行われた5年の議論を通して動物福祉がテーマになったのはわずか一回で、しかも具体的に仮親や胎児の福祉面の課題が指摘されたのはプレゼン資料でたった1ページ分です。この問題が十分議論されたとはとても言えません。
〇 動物保護の法整備の欠如
海外では動物性集合胚に対する規制がないという議論がありますが、日本以外の先進諸国では動物実験そのものに対する厳しい規制があり、胎児や新生児を使った実験は規制対象になります。動物実験に対する実質的な規制が全くない日本とは雲泥の差があり、それを無視して安易に動物性集合胚の規制状況だけを比較して議論すべきではありません。
〇 坂道を転がり落ちる危険性/社会的議論の未成熟
昨今、遺伝子工学や発生工学を始めとする生命操作技術が急速に進んでおり、それに対する社会の議論が全く追いついていない状況です。これらの技術は一旦道を開けば、連鎖的に他のもっと重大な技術にも道を開く恐れがあり、そのうちに取り返しのつかない事態を招きかねません。我々人類は自然界が長年かけて作り上げてきた生命のシステムや自然の有り様をもっと謙虚に受け止めるべきであり、短期間で手にした生命に重大な改変を加える技術を目先の利益や浅はかな思慮で行使することに慎重になるべきです。少なくとも一般市民の知識や思考が技術に追いついて社会的な議論が成熟するのを待つべきであり、有識者と呼ばれる一部の人たちだけで決めてよいことではありません。生命倫理専門調査会や文部科学省の委員会、作業部会で行われた議論を見ても、時間だけはかけているものの、とても倫理的な議論を尽くしたと呼べるような内容ではありません。
〇 市民の理解が得られていない
生命倫理専門調査会や文部科学省の委員会、作業部会でも発表された一般市民の意識調査では、どれも約半数の市民が人間の臓器を持つ動物を作り出すことについて反対しており、賛成意見を上回っています。一般市民の理解は得られていないと見るべきであり、特定胚等研究専門委員会で出ている、後から丁寧に説明すれば許容される、などというような考え方はごまかしであり、国民を愚弄するものです。
〇 人の尊厳の侵害/殺人の危険性
動物性集合胚は基本的には動物の胚であるとは言え、場合によっては人の脳細胞や生殖細胞を持った動物が生まれる可能性があると言われています。そのような動物が人に近い思考を持つ可能性も100%否定することはできません。如何に分化誘導技術や分化制御技術が進んだとしても、万一誤ってそのような動物を作成してしまった場合、その動物を処分することは殺人に近いことになるかもしれません。生かすことも殺すこともできないような生命を万一にも作り出す可能性のある行為に道を開くことは生命への冒涜であり、厳に慎むべきです。
■ 文部科学省へ意見を!
文部科学省は近く、総合的な検討のとりまとめを行い、指針改正案のパブリックコメントを行おうとしています。しかし、パブリックコメントが行われてからでは実質的に方向を修正することは困難になります。
ALIVEからも以上の内容に沿って文部科学省へ要望書を提出しました。ぜひ皆さんからも(パブリックコメントの前に)文部科学省へ意見を届けてください!
〇 意見提出先
文部科学省研究振興局ライフサイエンス課生命倫理・安全対策室
(郵便)〒100-8959 東京都千代田区霞が関三丁目2番2号
(E-mail)ethics@mext.go.jp
〇 関連審議会、委員会、部会等のウェブサイト(それぞれ配布資料と議事録が読める。)
・生命倫理懇談会(第1-2回)
・生命倫理専門調査会(第70-74回)
・特定胚等研究専門委員会(旧特定胚及びヒトES細胞等研究専門委員会)(第77,78,84,91-97回)
・動物性集合胚の取扱いに関する作業部会(第1-12回)
〇 参考文献、資料
・パンフレット「動物性集合胚って何?」文部科学省ライフサイエンス課
<http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n1673_01.pdf>
・ブライアン,ジェニー/クレア,ジョン (2004)『驚異のクローン豚が人類を救う!?―21世紀の画期的医療、異種移植の最前線をゆく』鈴木豊雄訳,清流出版
・山内一也(1999)『異種移植―21世紀の驚異の医療』河出書房新社
※1 この指針は法律に基づく指針であり、違反には罰則もあり得る。
※2 なお、中内教授が昨年11月に、目的以外の臓器形成を回避できるキメラ作成方法を開発したと発表している。
※3 なお、中内教授は、マウスのiPS細胞をラットの胚に入れた場合、「時間がたつと、自己免疫様の症状を出すことがある」(特定胚等研究専門委員会第95回議事録より)と語っている。