２００１年９月に千葉県で見つかった１頭の牛が「狂牛病」と断定されてから、多くの人々が牛肉を食べるのをためらい始めたようです。しかし、この病気はすでに１９９６年３月にイギリスでの発生が報じられ、世界的な拡大が懸念されていたもので、日本での発生も起こるべくして起こったとしか言いようがないのです。問題は、それにどう対処するかですが、この狂牛病を契機に、この間ヨーロッパでは畜産のあり方に対する大きな改革がなされてきました。一方、日本では、対岸の火事のように傍観するのみで、業界も行政も情報を公開せず、消費者も無知のままでした。

　ＡＬＩＶＥでは１９９６年当時からこの問題に関心を寄せ、記事を掲載してきました。狂牛病は、現代の大規模畜産が生み出した病理の一つであって、病気の牛を処分すれば問題が解決するようなものではありません。狂牛病は、動物の生理や生態に反した不自然な飼育方法に起因するものであり、このような畜産をやめるようにという牛達からの声なき訴えのように聞こえます。むなしく殺処分されていく罪のない牛たちの叫びに、今こそ耳を傾けるべきではないでしょうか。


■病気の原因は

　狂牛病の原因は、すでに羊に発生していた類似のスクレーピー病という病気があり、これに感染していた羊のくず肉を、他の動物の飼料としたことから始まったのではないかと言われています。１９８５年ににはヨーロッパやアメリカ、カナダの養殖ミンクの農場で、「伝達性ミンク脳症」が大発生しました。これはスクレーピーに感染した羊肉をミンクの飼料としたことが原因だと推定されました。

　また、羊のくず肉が牛の飼料にされたばかりでなく、牛のくず肉自体もまた牛の飼料に用いられたのです。

　牛、ブタ、羊（時には犬や猫もなど）さまざまな動物の脳、骨、血液、皮、内臓など集めて大きな釜で煮つめて溶かし（レンダリング）、分離した脂肪を取り、残滓は「肉骨粉」に加工されています。脂肪はせっけんなどに使われ、肉骨粉は、アメリカの資料によると、主な用途ととしてペットフード 36％、鶏の飼料 36％、豚の飼料 15％、牛の飼料 10％だとのことです。


■不自然な飼料

　そもそも、完全な草食動物である牛になぜくず肉（動物性タンパク質）を与えるというような行為が行われたのでしょうか。

　牛は、本来、堅くて繊維質の多い草を時間をかけて食べ、それを反すうしながら、長い腸でゆっくりと消化します。このような牛の生理・習性は、一刻も早い生育・肥育・出荷を促すという利潤追求の立場に立つと、投資効果が悪く、不経済だと見なされます。

　そこで、現代畜産では、牛にトウモロコシやオオムギ、大豆かすなどの濃厚飼料（穀物）を大量に与えます。早く成長させ、早く肥らせ、より多くの乳を搾り取り、早く肉として出荷できれば、それだけもうけが大きくなるからです。（日本では家畜用穀物飼料の大部分はアメリカなどからの輸入に依存しています。）　

　ところが、ひたすら高タンパク高カロリーの食事を与えられ、そしてほとんど運動もさせられなかったら、どうなるでしょうか。まず、胃腸や肝臓が病気になるでしょう。事実、と畜場では解体された家畜の病変をチェックする仕事が行われていますが、大半の動物に内臓の疾患が発見され、廃棄されているのです。

　平成９年度の統計によると、病気のため、食用の解体が禁止された牛の数は、２１２頭、 身体の全部が廃棄されたのは １万９２６ 頭、内臓など一部廃棄されたのは　８７万２７８２頭です。と畜場に運ばれ検査された頭数は１３３万５３６１頭なので、廃棄率は６６％以上にも及んでいます。　　　 　

（※平成９年度：厚生省生活衛生局乳肉衛生課）

■心身を病む牛たち

　問題はこればかりではありません。牛が動いて与えられた餌のカロリーを「無駄に」に消費しないように、一日中暗くて狭い牛舎の中につないだままにし、運動をさせないようにするのです。日本中のどこの牛舎でも、多くの牛たちが、後ろを振り向くこともできないように首を固定されてつながれている光景を見かけます。これがペットの動物だとしたら、ただちに動物虐待として激しい非難の声があがるでしょう。牛なら、こういう虐待をしてもいいのかと思わずにはいられません。

　体ばかりではありません。心の病も起こっています。動物園の動物に見られるような同じ動作を病的に繰り返す「常同行動」が畜産動物にも見られます。このような行動の背景には、行動の自由を奪われたことに起因する脳機能の障害という現象があるのかもしれません。一生を狭い檻の中に閉じこめられている動物園の動物で発見された常同行動の研究は、その後、畜産動物、実験動物に対しても目が向けられるようになり、動物の福祉の重要なテーマとなっています。


■医学・自然観・ライフスタイルの転換を

　現在の私達が直面している病気の多くは、過去とは様変わりしています。どこかに単独の原因があって、それをやつければ健康になれるというようなものではありません。現代人の病気の大半は、がん、心臓病、脳疾患、ストレスによる心身症など、生活スタイルに起因する慢性疾患です。このような疾病は、どんなに医薬品の開発を進めても、打つ手はありません。脳が萎縮するアルツハイマー病の原因もまったく不可解です。病気の原因は、私たち自身の食事やライフスタイルにあるのだとしたら、それを意識して改める以外に解決の方法がないことは明らかです。

　地球上に生きている動物たちは、それぞれ何万、何百万年という歳月をかけて、多種多様な地球環境に適応して生きていました。当然、その生態も身体も、環境に調和するように作られてきています。人間も含めすべての動物はそのもっとも身近な環境から食べ物を摂取しています。そしてその食べ物によって自己の生命が支えられれています。

　狂牛病（プリオン病）は、本来食べるべきではないものを食べたために引き起こされた、自然からのしっぺ返しであるかのように思えます。この病気は、従来のタイプの病気についての概念を覆し、私たちのライフスタイルに大きな反省を求めているように思えます。

　牛たちが無理に食べさせられている穀物飼料は本来人が食べるべき穀物であって、飢えた人々に回すべきものであるかもしれません。あるいは、遺伝子組み替えのトウモロコシを食べさせられる牛たちの健康に不安はないのでしょうか。人間の欲望のために、反自然的な生を強いられている牛たちの声のない訴えに耳を傾けたいと思います。

（野上）