ALIVE No.44 (2002.5-6)

　2001年12月８日（東京）、９日（大阪）、日本獣医畜産大学、地球生物会議、株式会社養賢堂の主催で、畜産動物の福祉の観点からのシンポジウムが開催されました。
研究者、生産者、消費者団体、動物保護団体が同じテーブルについて畜産動物の問題を語り合ったことは、日本で初めてのことです。

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　人間に飼育されている数からいえば、牛、豚、にわとりなどの畜産動物は日本だけでも数億匹にのぼります。これほど膨大な数の動物たちが人間の食欲の犠牲になっているにもかかわらず、彼らがどのように扱われているのか、これまでほとんど省みられることがありませんでした。いったい、これらの動物たちは、どんなところで生まれ、飼育され、運ばれ、殺され、解体され、どのような流通に乗り、家庭の食卓まで運ばれてくるのでしょうか。多くの人々が、毎日自分たちが口にする動物たちの生命について考えていないのは、本当にふしぎなことです。

　しかし、「狂牛病」の発生を契機に、日本でもようやく食卓にのぼる動物製品の背後にある現実・大規模畜産の病理に目が向けられるようになってきました。なぜ食べ物が安全でないばかりか危険なものとなってしまったのかを知るためには、生産の現場、つまり畜産動物の飼育状況までさかのぼって知らなければ、真実を知ることはできません。

畜産の実態を知ろう

　いま、日本人が年間に食べている牛の数は５００万頭、豚は２０００万匹、鶏は９億羽くらいと推定されます（輸入数も含む）。ペットや実験動物の数とも比較にならないくらい大量の命の消費です。日本中どこのレストランに入っても肉や動物性食品が含まれないメニューはありません。このような畜産動物は、ある意味では、人にもっとも身近な「動物」たちとも言えるでしょう。

　かつての日本では、牛、豚、鶏などは自給自足的な農家で飼育されていた「家庭動物」でもありました。それは、犬や猫も同じで、犬には農作物を荒らす野生動物を追い払う役目があり、猫には貯蔵食料を食べるネズミを駆逐することが期待されていました。しかしこのわずか数十年で動物たちの地位は激変しています。犬や猫はペット化されもっとも身近な動物として愛護の対象とされている一方、牛や豚、鶏たちは農家の庭先から姿を消し、その姿は一般の目からほとんど見えなくなっています。

　彼らは今、ほとんど人の気配のない場所で、窓もないような大規模畜産施設の中に、ひどい過密状態で閉じこめられています。豚の施設などは、口蹄疫など伝染病を恐れて服を着替え完全消毒しなければ入れない構造になっています。

　大量生産、大量消費という経済効率目的の過剰繁殖、過密飼育システムは、動物の本来の生理や習性をまったく無視したものです。そのために動物はに心身の苦痛を受け続け、すぐに病気になってしまいます。ところが、経営者は動物のストレスの軽減と健康の維持のために、広い牧場や自然の餌を与えようとはせず、その場しのぎの対策として場当たり的にさまざまな医薬品を投与するだけです。

　そして、その結果として人々が口にする動物性食品は、病原菌で汚染されていたり、残留農薬、残留医薬品で危険なものとなってしまうのです。この因果関係は大規模畜産システムを開発してきた欧米諸国では、何十年も前から指摘されてきました。１９６４年に刊行されたルース・ハリソンの『アニマル・マシーン』は過酷な畜産動物の状況を詳細に描き出しています。

　大規模畜産において経済効率を最大限追求してきたヨーロッパ諸国では、「狂牛病」という反撃を受けて、これまでの経済効率至上主義の畜産のあり方を問い直す動きが高まっています。

　現在、ＥＵでは畜産動物の健康と福祉の増進を目的とした政策体制と法令化が促進されつつあります。

　１９９７年にはＥＵの統合条約であるアムステルダム条約議定書において、「畜産動物は単なる農産物ではなく、感受性のある生命存在である」と定義され、加盟各国とヨーロッパ市民は責任をもって畜産動物への畏敬とその健康、福祉の増進をはかることが義務づけられました。

　２０００年８月には、ＥＵの有機畜産規則が定められ、動物の福祉の概念が導入されています。

　残念ながらこのような変化は日本ではほとんど一般に知られていません。畜産動物の健康と福祉の問題は、動物保護に関心を持つ人々ばかりではなく、畜産物の需給に直接関わる農業者、流通業者、食品企業、そして何よりも消費者が深い関心と注意を払うべき事柄ではないかと思われます。今回のシンポジウムは、その第一歩を踏み出すものでした。

●動物の権利の観点から

　シンポジウムのために来日したカリフォルニア大学獣医学教授で、動物の権利のための獣医師会会長でもあるネディム・ブユクミチ氏は講演の冒頭で、自分は倫理的理由から動物性のものをいっさい食べない、身に付けないと語られました。そして、経済効率の追求のために工場での大量生産方式を牛や豚、鶏といった動物に適用した結果、どれほど動物が激しいストレスと苦痛を受けているかを、スライドの映像を用いてその実態を紹介されました。

　たとえば、鶏はＡ４サイズの金網ケージに３羽も詰め込まれている。羽を伸ばすことはもちろん向きを変えることさえできない。ストレスによる自傷行為を防ぐために雛のうちに嘴を切断される。豚も互いにしっぽを食いちぎらないようにと子豚の時に切断される。牛は乳房が地面に付くほど「品種改良」される。身動きもできないほどの過密飼育、濃厚飼料の過剰摂取と抗生物質の過剰投与など、動物の生理や習性を無視した飼育方法が動物を病気や虚弱体質にするばかりか、心身にストレスと苦しみを与えている。このような行為は倫理的に過ちであると同氏は言明しています。

●動物の福祉の観点から

　日本獣医畜産大学の松木洋一教授は、ＥＵにおける有機畜産の動きを紹介。昨２００１年７月に、コーデックス（ＦＡＯ国際食料農業機構とＷＨＯ世界保健機構との合同食品規格委員会）総会が、植物産品の有機食品ガイドラインに引き続き、有機畜産ガイドラインを採択したが、この中で特に注目すべきは事項は動物の福祉基準の遵守である。日本では畜産動物の福祉という概念はほとんど理解されていない。また、有機飼料を元にした動物飼育（遺伝子組み替え飼料の給餌の禁止）、糞尿など畜産廃棄物による環境汚染の防止などの項目があり、このガイドラインを満たさないと、有機畜産物として認定されない。このままでいくとこの分野でも日本は国際的に大きな遅れを取ることが懸念されると語りました。

●有機農業生産者の観点から

　長年、茨城県で有機養鶏を実践されてきた魚住道郎氏は、ＥＵの基準のように家畜の飼料まで有機でなければならないとすると、輸入飼料が大半を占める日本の畜産ではほとんどが不可能になる等の、日本における有機畜産が直面する問題点を指摘されました。ちなみに大阪会場では、イシイフーズ社長の竹内正博氏も、大量生産できない有機畜産物の高コスト化を消費者がどう支持してくれるかという問題を提起されました。

●消費者運動の観点から

　生活クラブ生協理事の伊藤由理子氏は、同生協の消費者と生産者が提携して行う産直システムの中で「安全・健康・環境」の自主基準を設けていることを紹介されました。

●動物保護運動の観点から

　世界動物保護協会（ＷＳＰＡ）からはＥＵの動物福祉政策として、２００６年から子牛のバタリー肥育禁止、１２年から鶏のケージ飼い禁止、１３年から妊娠雌豚のストール飼育禁止などをスライドで紹介。地球生物会議の野上は、日本に動物保護の法律がないに等しい状態であることの問題点および人が利用するために飼育している動物も同じ命ある存在として基本的な保護が保証されなければならないと述べました。