ヨーロッパにおける畜産動物のアニマルウェルフェアの
現状と対策(1)
2002年11月30日「動物と環境にやさしい畜産をめざして」シンポジウムから−
フィリップ・リンベリー
世界動物保護協会(WSPA)
ALIVE No.48 (2003.1-2)
2002年11月30日に都内で「動物と環境にやさしい畜産をめざして」というシンポジウムを開催しました。WSPAのリンベリーさんは西欧で開発されたおける集約畜畜産、が今、いかに動物を苦しめ、食べものの安全性を脅かし、その上どんなにコスト高になってしまったかをスピーチされました。以下にそのお話の一部をご紹介します。
(はじめに)
ヨーロッパの農業は危機的状況にあります。工業的農業は次から次へと病気を発生させ、環境を痛めつけ農業を媒介とする地域のコミュニティーや地方の暮らしを衰退させ、畜産動物の福祉を貧しくさせてきました。こうした危機は、主に畜産動物と作物の集約的生産から生み出されていると言えるでしょう。この二つは不可分の関係にあるのです。畜産動物が土地から切り離され過密状態で畜舎の中に永久に閉じ込められる時、つまりこうした集約的なシステムには、動物たちに供給される穀物、草、大豆といった飼料がどこか他の場所で育てられる必要が生じるのです。
ヨーロッパでは現在、こうした集約的な農業方法で生じるコストの見直しが進められています。私たちがどのように畜産動物を扱うか、そしてその結果、公衆衛生や環境、地方の暮らしにおいてどのようなことが起きるのかといったことの相関関係が明らかになってきているのです。「安価な食べもの」といったポリシーが経済的にどのようなコストを生み出すのかも併せて明らかになってきています。動物の福祉が危機にさらされると食の安全も脅かされることになります
牛海綿状脳症(BSE、狂牛病)は、草食動物である牛に肉骨粉を与え、肉食動物にしてしまったことが原因です。イギリスでは100人を超える人がBSEに罹患し、1996年までにBSEのために2億8800万ポンドが費やされました。卵や家禽の肉のサルモネラやカンピロバクター対策には毎年35億ポンドが費やされています。アメリカでは、畜産業はイギリスに比べより集約的に行われていることがあり、食物汚染は4倍もの多さとなっています。過度の動物の輸送はレベルの低い福祉と何種類もの動物の混載が原因で病気の問題を悪化させる可能性があります。古典的な豚コレラや口蹄疫は、動物が輸送された際に伝染した病気の、最近の例です。イギリス国内での口蹄疫の一掃には、300〜600億米ドルがかかると算定されています。
かつて農地ではなじみ深かった鳥類は、環境の健全度を図る尺度でもありますが、急激にその数を減少させました。以前はよく見かけたヒバリ、ヨーロッパヤマウズラ、スズメは過去28年間に52〜95%も減少してしまいました。
農業従事者自体も数を減らしていますし、農村社会ももはや崩壊寸前です。1946年から1989年の間にイギリスで農場で働く人の数は約100万から28万5000人にまでその数を減らしました。アメリカではさらに多くの人が離農しています。
要するに西ヨーロッパとアメリカでの集約農業は、重大な病気、環境の汚染、畜産動物の貧しい福祉といった問題を引き起こし、さらに農業を媒介にしたコミュニティーと田舎の暮らしを脅かしているのです。現在、ヨーロッパでは持続可能な農業システムを目標として計画を立てようという真剣な議論が展開しています。そして一般の人々の抗議の声に押されて、畜産動物の福祉分野では重要な改善が行われてきました。
工場的畜産と改善への道
前世紀の後半に、西ヨーロッパとアメリカにおいて工場的畜産システムの急激な振興が起きました。このシステムの特徴は、多数の畜産動物を窓の無い畜舎に詰め込むことでした。こうした古典的な工場的農場における飼育方法は、次の3つに要約されるでしょう。すなわち、食肉子牛用のクレート、雌豚用のストールと繋ぎ飼いケージ、そして産卵鶏用のバタリーケージです。1960年代のこうした古典的な3つのシステムは今やEUでは広範囲にわたり改善される傾向にあります。
ヨーロッパにおいて人々は動物は感覚を持った生き物であり、痛みや苦しみを感じることができるという事実に気がつきました。EUはヴィール子牛用のクレート、産卵鶏用のバタリーケージ、豚用のストールと繋ぎ飼いを、今後延長して使用することを禁止することに合意しました。これらは動物福祉の進歩にとって3つの重要なポイントと言えるでしょう。この間EUは、法的に拘束力のある条約原案・動物は単なる「農産物」ではなく感覚のある生き物であることを認める案にも同意しました。
しかし、80年、90年代における工場的畜産はより狡猾な形を取りながら拡大し続けています。世論に押され、法律がケージやクレートを廃棄するように促す一方で、工場畜産は、繁殖と給餌の管理の強化に一層力を注ぐようになりました。つまり、動物を早く成長させたり、より多くの牛乳を生産したりといったことに集中するようになったのです。その結果、動物たちに起きたことはひどいものでした。不具にさせられたり、生後6週間前に心臓発作に襲われるブロイラーや、新陳代謝がほとんど追いつかないほどのペースで過剰に牛乳を生産させられる乳牛は、こうした事例のうちの2つに過ぎません。工場的畜産での新たな方式では、動物に生理的な無理を重ねさせ、同時にかつてないほどの多頭飼育規模と超過密状態の下で動物を育成しています。また魚も今や工場方式で飼育されています。魚の養殖は世界的に最も急激に成長している人工飼育の分野です。
90年代以降、ヨーロッパの動物福祉活動は目覚しい改善を達成したと言われています。動物の福祉が今や一般的にも政治的にも重要な事項であると見なされているという事実は、楽観的になっても良いのではと、私たちに思わせる程です。ヨーロッパでのキャンペーンは臨界点に達し、その人道的な革命が起こしたさざ波はあまねく広がりつつあります。
次にお話するのは、ヨーロッパにおける畜産動物の福祉改善についての要約です。
●繁殖雌豚のストールと繋ぎ飼い
雌豚用ストールと繋ぎ飼いは、妊娠中の雌豚を飼育するシステムです。余りにも狭い枠の中に収容されるため、豚たちは16週間の妊娠中、運動はおろか向きを変えることもできません。閉じ込められた雌豚たちは異常行動、常同行動を見せ、蹄を損傷したり切り傷や擦り傷などからの感染症による痛み、弱体化した骨や筋肉、泌尿器感染症、心臓疾患などに苦しめられるのです。
世界の5分の1の豚がEU内で飼育されています。雌豚用繋ぎ飼いは2006年までにEU内で禁止される予定です。また、2013年1月1日から、雌豚用にストールを使用することが最初の4週間を除いて禁止される予定です。
EUのいくつかの国はすでにEU全域での禁止に先立って雌豚用ストールと繋ぎ飼いを禁止する国内法を通過させました。それらの国はフィンランド、スウェーデン、イギリスが含まれています。
●肥育ブタ
イギリスで毎年屠畜される1500万匹の肥育豚の大部分は、餌を探したりうろうろ歩き回ったりすることがほとんどできないほど狭い畜舎に過密状態で飼育されています。最悪の過密状態は、EUの法律が許容される最小限のスペースを法的に定めていることによって防がれています。
断尾と歯削り(子豚に行われる不具化処置)はもはやイギリス内では許可されていません。しかし、法律に反して断尾は依然として多くの子豚にされている証拠があります。
「汗の箱(sweat box)」とは、肥育豚が周囲から隔離された建物の中で余りにも過密状態で飼育されるせいで、彼らの尿と汗から蒸気が立ち上るために名づけられたものですが、これも現在イギリスでは禁止されています。
●食肉子牛用のクレート
食肉用子牛のクレートは、屠畜にされるまで閉じこめられて飼育される、両側が狭い木枠の固定された囲いのことです。クレートは余りにも狭いため、収容されている子牛は死ぬまで向きを変えることすらままなりません。彼らはグルメが喜ぶ白っぽく血の気のない、「白い肉」となるように液体状の、鉄分を抜いた飼料を与えられます。
ヴィールクレートは1990年、イギリスで禁止されました。EU全域では2007年から禁止される予定です。
●バタリーケージの採卵鶏
世界で卵を生産する採卵鶏は47億羽いますが、この4分の3は小さなバタリーケージに閉じ込められています。日本は世界で4番目に卵を生産していますが、1億5200万羽の採卵鶏のうち98%がバタリーケージで飼育されています。ワイアーでできたこのケージは余りにも小さいため、雌鶏は羽ばたくことができません。また余りにも無味乾燥なため卵のための巣をつくることもありませんし、余りにもスペースが限定されているために羽ばたくことができず、骨が大変もろくなり、乾いた小枝のようにポキンと折れる可能性すらあります。このケージは9段にも積み上げられることがあり、これは窓の無い建物の中に、最大9万羽のニワトリが収容されていることになります。
EUのメンバー15カ国全体では、中国に次いで世界で2番目に大きな卵の生産国となります。EUの2億7100万羽の産卵鶏の内、現在約90%がバタリーケージで飼育されています。EUは2012年までにバタリーケージを禁止することに合意しました。
●採卵鶏の強制換羽
強制換羽とは、雌鶏の身体にショックを与えることで羽を不自然に早く抜け変わらせる行為です。この「ショック」とは、10日から14日間、給餌を止めたりケージ内を暗くしたりすることを意味します。1年間卵を産んだ後、雌鶏は産卵を自然に止め、その間に羽を生え換えらせます。つまり強制換羽は、雌鶏に可能な限り早く、再び産卵させるために行われるのです。
強制換羽は、日本やアメリカなどさまざまな国で広く行われています。この行為は結果として雌鶏に大変なストレスと苦痛を与えると共に、致死率を劇的に高めます。イギリスの法律は、強制換羽の持つ最も残酷な部分を廃止しました。つまり餌、水、光の除去をしてはならないということです。
●肉用のブロイラー鶏
毎年、世界中で400億羽のブロイラー鶏が飼育されています。毎年、日本では6億羽の鶏が屠畜されています。肉用のブロイラーは通常、それぞれの畜舎に何千羽という過密状態で詰め込まれています。彼らはケージの中にいるわけではありませんが、余りにも過密状態にいるために畜舎の床は一瞬に彼らによって埋め尽くされてしまう状態です。
ブロイラーは驚くべき速さで成長します。余りにも早く成長するために彼らの骨や心臓、肺の成長がそのペースに追いついていけないほどです。生後6週間未満のヨーロッパのブロイラーは、およそその4分の1が早すぎる成長のために苦痛を伴う麻痺に苦しんだり100羽に1羽は心臓疾患で死亡してしまうのです。
ブロイラーがヨーロッパにおける畜産業の最大分野であるにもかかわらず、彼らの福祉を守る特定の法律はありません。イギリス政府のガイドラインは、ブロイラーを飼育する際の最大密度を定めていますが、絶望的にゆるいガイドラインであるため、依然として過密状態を許しています。将来EUの法律が、ブロイラーの飼育において通常見られる過重な苦痛を緩和してくれることが望まれます。
●給餌制限
鶏や豚の畜産動物は、意図的に本来よりも早く、そして大きな身体に成長させるために飼育されてきました。繁殖用の畜産動物に濃厚飼料を食べたいだけ食べさせると、彼らの体重は重くなり過ぎて適切に繁殖することや健康体を維持することができなくなったりします。畜産企業は動物に与える餌の量を制限することで、こういった事態を防ぐのです。
こうした現代品種の繁殖用の畜産動物が体重過多になるのを防ぐために、繁殖用の鶏や豚は、摂取する餌を制限されてしまいます。彼らに与えられる飼料には必要な栄養素は十分含まれているものの、全体量が大きく減らされます。その結果、動物は恒久的な空腹感に苦しむことになります。福祉に考慮した解決策として、動物を早く成長させる現在の飼育方法を転換させることが考えられるます。もう一つの策としては、濃厚飼料ではなく繊維質の飼料を多く与えることがあるでしょう。
2000年の畜産動物の福祉に関する規定(イギリス)では、繁殖用ブロイラーを苦しめる最悪の行為、いわゆる「一日置き」の給餌あるいはもっと日を置いた給餌といった給与制限方式を禁止しています。
●成長促進ホルモン剤
1998年以降、EUでは成長促進ホルモン剤の使用を禁止しています。これを使用して生産された動物や肉は、EU内へ輸出されることはできません。
乳牛の乳量を増やすために遺伝子操作によって作られたホルモン(BST)をEU内で使用したり売買することは、2001年1月1日以来禁止されています。BSTは乳牛の乳量を10%から20%増やします。
BSTの使用及び販売が禁止されたのは、これが乳牛の福祉に反する影響を及ぼすからです。BSTが注射された箇所は痛く、長い間腫れます。また、痛みを伴う乳房の感染症である乳房炎を多くの場合引き起こします。
●禁止された不具化処置
イギリスの法律は畜産動物に対する不具化処置の多くを禁止しています。これらの行為とは、まず牛の焼印と断尾、外科手術を伴う雄鳥の去勢手術、羊の歯削り、そして鹿の袋角の切除などです。
●動物の長距離輸送
ヨーロッパでは屠畜のためやさらなる肥育のために、おびただしい数の畜産動物が長距離輸送を余儀なくされています。輸送はしばしば24時間から30時間、あるいはもっと長い時間、給餌や給水、休息のための適切な休憩を取ることなく続きます。
ヨーロッパには動物の移送を管理し、かつ彼らの福祉を守るための複雑な規則があります。これらは決して十分なものとは言いがたいのですが、それでも法的な枠組みはあるのですから、これを改善していくことはできるでしょう。
輸送中の動物の福祉を規定するEUの規則は、EU全域での輸送の最長輸送時間、給餌給水を行う間隔、そして動物の休息時間の長さを定めています。この規則の下では例えば、法的に羊は最長30時間の輸送が認められています。ただし、途中休憩はわずか1時間でよいとされています。EUの法律はさらに、それぞれの許可された輸送について、詳しい行程書を提出するように求めることなどを義務付ける条項を含んでいます。
●家畜市場
家畜市場は羊、牛、豚、馬など多数の畜産動物が売買される伝統的な集合場所です。市場は騒々しく混乱しており、動物たちにとってはかなりのストレスを感じる場所と言えるでしょう。ペン(動物を収容する囲い)はしばしば過密状態で、動物たちは餌や水を与えられることなく、粗雑に扱われます。
イギリスでは世論に押されて、市場への到着から(屠畜場への)出発までの動物の福祉を考慮するための法律ができました。家畜市場にいることが不適切な動物、例えば市場で分娩するおそれのある動物などを市場に出すことは違反です。市場管理者は動物たちが怪我をしていないか、不必要な苦しみを被っていないかを確認する法的な義務があります。
また、動物を吊るし上げたり引きずったり、あるいは不適切に縛ったりといった手荒な方法で動物をコントロールすることは非合法行為とされます。杖や鞭、突き棒などは使用を制限されています。決して完全とは言えませんが、有効な法的枠組みが設定されているのです。
●屠畜時において動物を保護するための法律
イギリスとEUには屠畜場で食用に屠畜される、あるいは処分場で食用に不適切と判断され処分される、その直前とその間の動物の福祉を守る法律があります。この法律は1995年に拡大され、例えば農場など、屠畜場以外の場所での屠畜や防疫上の理由による屠畜に際しても適用されるようになりました。
屠畜は動物を気絶させて意識を無くし、太い血管を切断しすばやい失血によって死に至らしめるといったことで成り立ちます。
動物が屠畜される前とその最中に避けることが可能な興奮、痛みに彼らをさらしてはならないということは、基本的な義務です。特別な場合、例えば宗教儀式による屠畜などの場合を除いて、動物は屠畜される前に気絶させ、意識を無くし、何の痛みも感じないようにしなければなりません。ここでいう「気絶」、つまりスタニングとは、死まで続く即座に起きる意識の喪失と定義されます。
動物に本来ならば避けられる興奮や痛み、苦しみを起こさせることは完全な違反です。同様に動物の扱い方、気絶のさせ方、屠畜方法、殺処分方法には個々の規定が設けられています。
(続く)
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