野上ふさ子 地球生物会議 ALIVE 代表
2006年12月2日、遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン10周年記念集会で、
動物の遺伝子組み換え問題を簡単に報告しました。
○巨大な研究開発予算
遺伝子組み換え技術の研究が始まってからまだ数十年しか経ていませんが、近年、加速度的に研究開発が進められています。遺伝子操作を含む生命科学、バイオテクノロジーに関する国の研
究予算は、年々増大する一方です。
これまではトウモロコシや大豆など植物の組み換えが問題視されてきましたが、いよいよ魚や豚など動物性食品の遺伝子組み換えの問題が間近にせまってきました。12月には、国際的な食品基準を定めるコーデックス会議が日本で開催され、遺伝子組み換え動物の基準が検討されています。多くの消費者団体は、食の安全性の観点から動物の遺伝子組み換えに反対しています。
○実験動物と畜産動物
実際に、動物の組み換え実験が最も多く行われている分野は実験動物と畜産動物です。その目的は実験動物については、医学、医療分野であり、畜産動物については農業、食用に関係する分野ということになります。どちらも私たちの日常生活に深く関わるものですので、無関心ではいられない事柄です。
しかし、遺伝子組み換えの研究について一般市民にわかるような形での情報の提供がなされていません。それどころか、研究の競争があるということでほ
とんどの情報は隠されています。
そして研究の過程では、より多くの開発予算を獲得するために、それがいかに便利であるか、役に立つかといった観点からのみの宣伝が行われます。市民には一方的な「いかに役に立つか」といった実利面の情報のみが流されています。
○医学研究では
動物実験の分野では、遺伝子組み換えが研究の流行の最先端ともいうような状況です。医学研究の大義名分があれば、どんな実験でも行われます。
・動物工場。つまり動物を医薬品などの製造工場にしてしまう方法があります。ヤギを使って人間の病気の治療に役立つ物質を含む乳を出すようにさせ、乳からその物質を分離して患者に投与する、それによって、効率的な医薬品原料生産方法として利用するというものです。
・臓器移植。臓器移植を目的として、人の遺伝子を組み込んだブタを作り、その臓器を人に移植しても拒絶反応が起きにくいようにするといった、医療用のモデル動
物を作ることも研究されています。
この10年近くで、実験用の遺伝子組み換え動物の数は急増しています。(表参照)
○畜産開発では
人間が食用にする動物もまた、大量生産、大量消費という構造に飲み込まれています。そして経済効率の追求という目的で、さまざまな動物の生命が単なる資源として取り扱われています。例えばサケに他の魚の遺伝子を組み込み、成長ホルモンを恒常的に機能させることにより、通常の2倍の速さで成長するサケを作る研究があります。
ちなみに、サケも養殖されていて鮮やかなサーモンピンクの肉にするために着色料入りの餌が投与されています。
ウシもブタもニワトリも、急速に成長させることが目的とされています。ブタにホウレンソウの遺伝子を組み込み、体に良いとされる不飽和脂肪酸が普通のブタより20%多く含まれる「ヘルシーピッグ」を作った研究者もいます。
○弊害・悪影響の情報はなし
これらの生命操作研究は、先端医療を進歩させたり、あるいは食生活を安価で豊かにするといった言い方がされていますが、その反作用や害悪については研究がなされることはほとんどありません。実際に、医療の現場や市場に出回り、人が目に見える被害を被らない限り、規制されることはないのです。つまりは、最終的に私たち一般市民が実験台になるということです。
人間も動物、哺乳類の一員であり、動物に対して行われることはやがて人間にもそのまま応用、適用が可能です。実験だからいい、対象が動物だから関係ない、というわけにはいきません。
○生態系への悪影響
万一遺伝子組み換え動物が野外に逃げてしまった場合、それが生態系に与えるダメージは計り知れず、手のうちようがありません。遺伝子組み換えは、生物が何千、何万、何千万年という長い時間をかけて作り出してきた生態系のシステムを、一気にかく乱してしまうおそれがあります。その悪影響が明らかとなるには十年、百年と単位であるかもしれません。つまり私たちが生きている間には不明でも、未来の世代に付けをまわすと言う行為なのです。
このような研究開発には、生命倫理に加えて、環境倫理、世代間倫理の問題として議論しルールを定める必要があります。
○法規制はあるか
遺伝子組み換えを規制する根拠には、生物多様性を脅かすおそれがあることが明確に示されています。日本は1992年に生物多様性条約を批准し、2002年にこの条約に基づくカルタヘナ議定書に同意しました。これを根拠として、遺伝子組み換え研究を規制する法律「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」、通称「カルタヘナ法」が制定され、2002年の2月から施行されています。
この法律の主目的は、遺伝子組み換え動物を野外に出さないこと、そして野生化させないことにあります。同法では、遺伝子組み換え生物について、第1種使用、第2種使用にわけています。
第1種使用は主に植物を対象とし、生物多様性評価書の事前審査によって野外での栽培を承認するものです。
第2種は主に動物を対象とし、実験施設から組み換え動物が逃げ出さないように拡散防止措置を取っていることの確認を求めるものです。施設をより閉鎖的にしガードを堅くするとともに、万一の場合にそなえて可能な限り個体識別措置を講ずることを義務づけ、そのような拡散防止措置を講じていることを主務官庁に報告し、主務官庁がこれを承認する仕組みになっています。
○実態把握なし、公表もなし
遺伝子組み換え実験については、届け出、承認制となったのですから、日本にどのくらいの数の遺伝子組み換え施設があるのか、実態を把握できてもよさそうです。ところが、現実にはどの官庁
も遺伝子組み換え実験を行っている施設を把握できていません。2006年6月、参議院の谷博之議員が政府に質問主意書を出して、この第2種使用施設の名称や所在地を聞いたところ、「調査に膨大な作業を要することから、お答えすることは困難である」という回答でした。
日本実験動物学会による実験動物使用数のアンケート調査によると、遺伝子組み換え動物は99年には約14万匹でしたが、2001年にはなんと200万匹にも急増しています。
06年の今年にはおそらく数百万匹、あるいは1千万匹を越える数になっているのかしれません(この数字のほとんどがマウスです)。
私も、文部科学省のライフサイエンス課に聞いてみたところ、たとえ施設数を把握したとしても「知的財産に関わるので公表しない」との答えでした。施設数の概算は、350〜400件程度だとのことです。これは文科省所轄のほとんどの施設で遺伝子組み換え動物実験を行っていることを意味します。
○法律違反が続出
実態が把握できていなければ法令の周知徹底もうまくいかないでしょう。果たして、このところ法律違反の事例が続出しています。
実験動物中央研究所がポリオワクチンの安全性実験に使う遺伝子組み換えマウスを、国の承認を受けないまま販売用に飼育していた件などがあり、文科省の所轄だけで今年の6月までに56件の違反が確認されています。しかし、文科省は現地調査をして実態把握をすることはしていないし、するつもりもないと、
質問主意書に答えています。
経済産業省の所轄では、実験動物の飼育管理会社の内部告発により、産業技術総合研究所での違反事例が明るみに出されました。組み換えマウスが逃げ出していたのですが、建物の外部には逃げ出していないと答えています。
法律には当然、処罰規定がありますが、あまりに違反が多いため、処罰はなしで厳重注意で事をすませています。「ザル法」とはこのことでしょう。
○種の壁を融合させる?
生物医学、生命科学の研究は、限りなく専門分野が特化し、細分化されてきました。その行き着いた先が、細胞の中にある生命のもっとも小さな単位である遺伝子です。
ホタルの発光遺伝子をタバコに組み込んで光るタバコを作るとか、ホウレンソウの遺伝子をブタに組み込むとか、人間の遺伝子をブタに組み込んで拒絶反応が低い臓器移植用のブタにするとか、このような研究を見ると、植物と動物、そして人間の間での種の壁というものが意図的に崩されようとしています。
種の壁というのは、例えば植物の病気は人間に移らないとか、猫の病気は犬には感染しないといったように、種が分化していることによって病原体の感染を防ぐ役割があります(BSEや鳥インフルエンザは、この種の壁を越えるので危険性が大きいわけです)。ちなみに、ヒトの遺伝子を組み込んだブタの臓器を移
植するとブタのウイルスも人間に感染するというおそれがあります。
このような肉眼では決して見えないミクロの世界の研究ですが、専門化、細分化のせいで、その全体像が一般にはなかなか把握できません。研究者の方も縦割りで研究し、分野が異なるともう理解不可能となってきます。それぞれが勝手にやっている研究が野外に漏出したり、あるいは相互の干渉作用などが起こった場合にどうなるかは、全く予測もつきません。ある意味、たいへん恐ろしい事態です。
○生物多様性とは
生物は地球の歴史の中で、地球の多様な環境に適するように種としても多様化し、また個体も多様性を発展させる方向で進化してきました。その生物自ら作り出した多様性が、生態系の安定をもたらし、人間を含む動物たちの生存を支えている土台です。
生物多様性は、生物の進化という時間軸と、生態系の多様性という地球規模での空間の幅をもつ概念です。これを把握するには可能な限りの広い視野と進化史を考察する視点が必要です。
しかし、現実には、生物学の研究分野は、このような世界認識ではお金儲けにならないため、限りなくミクロの遺伝子資源の利用の方向へと突っ走っています。研究は細分化され専門化されればされるほど、大きな視野は失われていきます。
目先の利益追求は、やがて大規模な厄災をもたらし、その後始末に莫大な労力と費用を要するようになります。これは原子力開発による危機と同様です。
○有機畜産とGM畜産
コーデックスは、FAO(世界食料機関)とWHO(国際保健機構)の合同による国際食品規格を言い、現在遺伝子組み換え動物のガイドラインの作成に取り組んでいます。日本政府の方針は、相変わらず目先の利益追求を優先するというはなはだ近視眼的な対応をしています。
同じコーデックスでも、2001年にEU(ヨーロッパ連合)が主導して制定された「有機畜産ガイドライン」では、
・生物多様性の増進
・家畜を草地にアクセスさせること
・家畜の餌は有機飼料であること
・遺伝子組み換え飼料は与えないこと
・家畜福祉の向上(自然な繁殖方法、行動の自由・動物のストレスの緩和等)
・動物用医薬品の削減
といった、生態系や自然保護にも配慮した畜産であることが定義されています。
反面、この遺伝子組み換え動物のガイドラインの制定にあたっては日本が議長国となり、議論を「食品の安全性と栄養学的問題に限定」しようとしています。EUが提案している動物の福祉、倫理的・道徳的・社会経済的側面や環境リスク、飼料用遺伝子組み換え動物の安全性、組み換え飼料を投与した動物を食用にする際の安全性、などについては全部除外する、という方針です。
有機畜産においても、遺伝子改変畜産においても、ともに品質のラベル表示が不可欠です。国際社会ではこの二つの動物性食品を区別し、消費者に提示しようとしています。
大部分の消費者は安全で環境や動物に負担の少ない食品を選ぼうとしています。しかし、産業界はより利益の上がる方法を常に進もうとします。そうである以上は、私たちは、消費者として、常に正しい情報の提供を求め、実態の把握に努め、より賢い選択をするしかありません。
○私たちにできること |
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● |
選択しよう |
私たちは、食品を購入する消費者です。遺伝子操作されたものを食べたくないと言う選択ができます。遺伝子組み換え食品をボイコットすることができます。
それと同時に、お金を出すという行為によって、環境や生命にやさしい食品企業や農家を支えることもできます。 |
情報開示を求めよう |
よりよいものを選ぶためには、その食品についての情報が公開されていることが必要です。具体的には食品の原材料について遺伝子組み換えの有無、農薬や添加物等に関する表示がなされていることが前提です。
有機畜産の国際基準では、遺伝子組み換え飼料を食べさせていないことや、動物福祉に配慮していることが有機認証の条件です。一つ一つの食品について、よく点検し調べてみましょう。 |
問い合わせましょう |
食品に表示がない場合は、メーカーや流通企業、生産者に問い合わせましょう。そして、納得のいく答えが得られない場合はその情報を公表しましょう。 |
事実を調べましょう |
新聞等で、これはと思う研究発表などを目にしたら、研究機関に問い合わせてみましょう。それらの研究の費用は、国民の税金や消費者のお金で行われているのです。 |
情報を交換し、共有しましょう |
いま、多くの人々がインターネットで情報を入手したり、発信したりしています。
遺伝子組み換えについて知ったことなどを発信し伝えましょう。 |