11月17日、母と私が県の動物保護管理センターに着いたのは、昼過ぎの2時位だったと思う。そこは豊田市とはいえ、人里離れた小高い山の上、右手には動物霊園があり、まさに動管センターにふさわしい場所であった。坂道を登り駐車場からおりると、山の頂上だけあって冷たい風が吹いてくる。けたたましい犬の泣き声……いたいた、たくさんの犬達。ボランティアの人達が忙しそうに働いている。晴れやかな笑顔など無縁な表情。
やはり、いつも動物達の為に必死な中浦さんがいた。犬達の糞尿を片づける人、糞尿まみれの犬達を洗っている人。獣医さんもいた。カメラマンの小関さん。犬達のケンカの仲裁をしたり記録を取ったり。動管センターの人達はそんな光景を見ているだけのように思えた。
犬達の状況が想像していた以上で、しばらく考えがまとまらなく呆然としていたが、徐々にその場に慣れ、ボランティアの人と話す余裕も出てきた。まず犬を洗っている人に声をかけた。「すごい犬ですね」。その洗っている犬はかなりの年がいっている様に見えた。毛は毛玉だらけ、目はうつろでとてもキタナイ。まだ野良犬の方がよっぽどキレイだ。「この子は足の骨が折れていて耳ダレがひどいの」と、泣きながら可哀相かわいそうと懸命に洗っている。
「あそこの子は、もう２～３日の命だろうといわれているの」と言ってダルメシアンの方を指をさした。
行ってみると皮膚病で毛がほとんど無い骨と皮だけのダルメシアンがいた。黒いハンテン模様だけがくっきりとしている。まるでゾンビだ。お尻の骨が２つ、ろこつにとびだしていて、アバラ骨などくっきりしている。耳や足などから血が出て、うみも出ている。しっぽの先も切れていて血が出てガタガタ震えている。
この犬を触るのはとても勇気がいる。見るだけでかゆくなりそうだ。それでも勇気を出して頭をなでてやる。とても人なつこい。しっぽをふって甘えてくる。そうこうしている内に、他の犬も甘えてくる。抱きついて飛びついて、こっちにも来て、なでてと催促される。私の服はもう泥だらけになった。このダルメシアンほどではないけれど、ひどい皮膚病で毛が半分以上抜け落ちて肌がロシュツし、白茶赤ピンク色に変色している。半分もあればいい方だ。
かわいそうかわいそうと感傷にひたっている場合ではない。通り越して、今！何かをしなくてはならない、という事だ。やっとボランティアの人達のなりふりかまわずという状況になってくる。何かしなくては。今日はとても寒い。さらにここは小さいとはいえ山の頂上で風の吹きさらし、毛の無い犬は寒さに震えている。思いついたのは、家からもって来た古毛布を小さく切って犬に配分する事だ。
小型犬が保護されているサクの中を見る。今度はつるはげ、毛などない。あっても頭の上に数えるほどの数本の毛。小型犬は10頭ほど、全て毛が無い。どの犬種かなど皆目見当がつかない。こんな犬見たことがない。涙など出てこない。どんな飼育下で生きてきたのか。同じ人間として恥ずべき事だ！
一匹の小さな犬がガタガタ震えながら、私を追ってくる。ただひたすら私を見ている。その犬の身体にタオルを巻いてやった……。
思った通り、帰りの車の中には、耳ダレ、骨折したボロボロな犬と、ゾンビのダルメシアンが後部座席で安心しきった様子でスヤスヤと眠っている。翌日、病院へ行って治療をしてもらった。獣医さんに犬達の年齢を聞いてみると、おどろく事に２匹とも２才くらいだという。皆もう老犬だと思いこんでいた。
この犬達の事がニュースや新聞に報道される様になった。里親探しが28日に開催されるとの事。現実を見た私は、里親になると名乗りをあげてもゾンビの様な犬を見て皆尻込みしてしまうだろうと、大半は引き取り手はないだろうと懸念した。
又、私達が行ってから、あの寒さで28日まで一体何匹生き残れるだろうか、という事も心配した。
その頃、引き取った犬のベアデッド・コリーは「ムク」、ダルメシアンは「ダン」と命名。
ムクは回復が早く、耳も毎日の治療の結果、ほとんど直った。トリミングして耳にリボンをつけてもらうと、見違えるほどきれいな犬になった。ダンの方は相当治療を要する。今はただひたすら食べ、ひたすら眠っている。
譲渡会の日の28日、行くかどうか迷った。行くと又連れてきてしまいそうだ。やはりいてもたってもいられなくなった。娘を連れて１時に到着。
何か前回来た時と全く様子が違う。皆の足取りが軽い。天気もいいし風も無く暖かい。ボランティアの人達がうってかわった様に、うれしそうに忙しそうに飛び回っている。里親の人達も200人以上は来ていそうだ。犬達の雰囲気も違う。皆シッポを振っているか、のんびりと寝そべっている。犬の状態もボランティアの人達のお陰で良くなっているようだ。坂道を上がってゆくと、もう里親の決まった犬とその家族がいる。私が心配していたことは吹き飛んでしまった。皆、ボロボロな犬を優しいまなざしで大事そうにだきしめている。
小さな兄弟は、ハダの露出した犬種の分からない中型犬をカワイーーと言ってうれしそうにしている。私と同じくらいの女性は、やはり毛の全くない小型犬を高級そうな布製の犬用バックに大事そうに入れている。
赤くただれたゴールデン・レトリバーは、新しいご主人の肩に両手を回してシッポをふって離そうとしない。里親はワカッタワカッタ、ヨシヨシと言っている。
あまりにもキレイになったムクを連れていくのは気が引けたが、ボランティアの人にも里親になる人にも見てもらいたかったので、ほとんど終りかけの時に見せに行った。ボランティアの人達がもう二度と会える事は無いと思ったと泣いて喜んでくれた。「洗っている時、こんな状態でこの子生きてゆけるのだろうかと涙が出てしかたなかったのよ。こんなにキレイになって」とムクを連れて動管センターの人に見せに行ってくれた。動管センターの人もビックリして、里親の人に「手入れすればこんな風になりますよ」と見せて回っていた。
動管センターの人もとても嬉しそうだった。犬達の為にこんなに一生懸命になったのは始めてではないだろうか。これでセンターも少しは変わってゆく様な気がした。
結局どうしても引き取り手のない犬はボランティアの人達が引き取っていた。私の帰りの車にも、やはり最後に残った3匹の内のあのタオルを巻いてやったゾンビの犬が眠っていた。
帰りに何気なく坂道の下から上を見てみると、新しいご主人に連れられたボロボロの犬達が胸を張ってヒザを高々と上げ、シッポを振って何度も何度もご主人の顔を見ながら、それはそれは幸せそうに、そして誇らしげにに次々と坂道を下っていった。
その光景を見たとたん、初めて涙が出て仕方がなかった。
愛知県西尾市の劣悪ブリーダー摘発から犬の里親譲渡まで 
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