生物多様性について考えよう
生き物と共に、未来に向けて、
心豊かな社会にしていくために
野上ふさ子
ALIVE NEWS 2008.1.21 |

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■進行する種の絶滅
現在、野生生物の種の絶滅が、恐ろしいスピードで進行しています。その数は、1年間に1万5千種〜5万種、1時間に3種もが地球上から絶滅していると言われます。
もちろん、人間がすべての生物種を把握しているわけもなく、知らないままに絶滅している種も多数あると考えられています。
その原因を作っているのは他ならぬ人類の生活・経済活動です。社会の経済活動が発展すればするほど、そして私たちの生活が一見豊かになればなるほど、その一方で、生態系が破壊され、野生生物の種の絶滅が加速化していくというこの現実に対して、私たちはいったいどうしたらいいのでしょうか。
人類という種全体の存続に関わる問題が地球規模で起こっていることを直視する必要があるようです。国際社会では、その対策としていくつかの条約を制定し、各国に加盟を呼びかけ、また条約の実行を求めています。
よく知られているものには、ワシントン条約(絶滅のおそれのある希少野生動植物の種の商取引を規制する条約)があります。これは乱獲・密猟、違法な商取引を規制することで種の絶滅を回避しようとするものですが、もちろんそれだけでは不十分です。野生生物を保護するために最も重要なことはその生息地を守ることです。そのために、湿地の保全を通して生物種の保護をはかるラムサール条約等があります。
しかし、人間の経済活動は拡大の一途をたどり、地球規模での環境破壊が深刻となってきたため、限られた生息地を保護するだけでは対応できないまでになってきました。そこで、1992年に、ナイロビで生物の多様性を包括的に保全することを目的とした条約、「生物の多様性に関する条約」が採択されました。
日本はその翌1993年に本条約を批准し、2006年4月現在、187カ国及びEC(ヨーロッパ共同体)が加盟しています。残念ながら、超大国アメリカは、地球温暖化防止条約(1992年)と同様に未加盟です。
■生物多様性条約とは
この条約上では、生物多様性とは「すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系等)の間の変異性を言い、種内の多様性、種間の多様性、生態系の多様性を含む」としています。ちなみに、生態系とは「植物、動物、微生物の群集とこれらを取り巻く非生物的な環境とが相互に作用して一つの機能的な単位をなす動的な複合体」を言います。
これは自然保護の考えを、より具体的な中身に踏み込み、自然を構成する多種多様な生物について、そのお互いの関係性において把握するもので、より身近でわかりやすい概念でもあります。
私たちがいま目の前に見ているさまざまな生物は、長い長い進化の歴史を経て現在の姿に至っています。地球上に生命が発生して以来、何億という単位の時間を経てきましたが、多くの生物は単純に一直線上に進化してきたのではありません。様々な生命体は、地球環境の変動に適応するために、自らを変化させることで多様化し、それと同時に多様化した生命体の相互作用によってさらに多様な生息環境が作り出されるという、「共進化」のシステムを作りだしました。そのために、地上の生命体は多種多様であることが本質であり、その多様な世界の上にしか生存できないようになっています。
植物や動物ばかりではなく、微生物との共存関係は、私たちの目には直接見えないものの、驚くほど絶妙で微妙なバランスで形成されています。例えば、私たちの腸内には無数の微生物(大腸菌)が生息しており、彼らによる栄養素の分解活動なくしては私たちはとうてい生存できません。
一つの種が絶滅するということは、目に見えない世界で生命の連鎖が断ち切られることを意味し、私たちの生存の土台が切り崩されていくことを意味します。そしてまた、何千万年という時間が作り出してきた素晴らしい生命の輝きが、地球という星から永遠に消え去ることを意味します。
種の絶滅を防ぐことは、21世紀の人間に課せられた大きな責任だと思います。
■生物多様性条約の目的
生物多様性条約は、次の3つの目的をあげています。
1.地球上の多様な生物をその生息環境とともに保全すること
2.生物資源を持続可能であるように利用すること
3.遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分すること
1については、理念として誰にもわかります。しかし実際には人間が物質的に豊かで便利な生活をするためには、石油や天然ガス、原子力、鉱物資源等を開発し、そのことによって大気や水や土壌を汚染してしまうことになります。また、より生産性を高めるために森林を伐採し、単一栽培植物を植えることにより、植物の病気や害虫等の発生を招き、それを抑えるために大量の農薬を散布し、生態系をめちゃめちゃに壊すことになります。さらに、家畜を大量飼育することで土壌や河川に衛生上の問題を
引き起こしたり、森林伐採や砂漠化など生態系の劣化を招いてしまいます。豊かな国々では家畜に穀物を与えてひたすら太らせている一方で、貧しい国々では8億人もの人々が飢えに苦しむというアンバランスな世界を作り出しています。
現在のような使いたい放題の消費社会が長続きしないことは明らかです。自然界が再生する能力を越えて収奪してしまえば、自然の恵みはどんどん衰えてしまうからです。持続可能な利用とは、その限度を超えない限りでの利用ということで、これも常識的に理解できる考えです。
とはいえ、どこまでの利用が「限界」なのかについては、ほとんど明らかではありません。資源を最大限「利用」しようとする側と最大限「保護」しようという側では意見が対立します。
環境保護は、「総論賛成、各論反対」ということがしばしば言われます。対立する意見の溝はなかなか埋められませんが、ともかく様々な分野で様々な人々が多様性の調査に協力、参加し、実態の把握に努める必要があります。
■条約の実行について
世界中から食料と資源を輸入している日本は、ある意味で世界の人々の貧しさや飢えを助長させることに加担しています。本来、その土地にある生物資源は、その土地の人々が享有できるはずのものですが、そうはなっていません。食品、洗剤、化粧品など様々な用途に使われている「環境にやさしい」パームオイルを日本に輸出している国々では、熱帯林が伐採され、その森にいたゾウをはじめとする様々な野生動物は殺されたり、売られたりしています。
生物の多様性を守ることは、世界各地で人々が自然に順応し、自然から学んで作り出してきた土着の文化や伝統を守ることも意味します。条約では先住民の自然に対するアクセス権を認めています。事実、自然とともに生きてきた世界の原住民もまた絶滅の危機にあります。彼らの文化が失われることは自然について何千年もかけて蓄えられてきた知識の体系や叡知が消滅することなのです。
日々の生活の中でじかに自然や自然の産物に接しながら仕事をすること、特にライフスタイルに関わる分野では女性の活動はたいへん重要です。先進国では人々の消費行動が経済を左右することが多くなっています。環境に配慮し、生き物にやさしい暮らしを選択する行動のリーダーシップは女性が握っています。そのため条約では、生物多様性の保全をはかる政策の決定や実施のすべての段階で女性の参加が行われるべきことを明記しています。
■日本での取り組み
日本では、現在、哺乳類の種の20% 鳥類の13%が、絶滅の危機にあります。
また、日本は世界中から野生動物を輸入している国であり、海外での資源開発により野生動物の生息地を破壊するという意味で、海外の野生生物の絶滅にも手を貸しています。
種の絶滅は、生物多様性に対する最大の危機です。なぜ、種が絶滅するか、その原因には、大きくわけて3つの原因があげられます。
1.生息地の破壊・消失
2.乱獲・密猟による過剰捕獲
3.外来種(遺伝子改変生物を含む)による捕食・交雑など
1については、経済発展を至上命題とする日本の場合、なかなか手が付けられません。
2についても、野生生物の保護監視制度も調査研究制度もほとんどない状態で、これも後回しとされています。
3についても、これまではまったくの野放し状態でしたが、国内外の動向に押され、近年ようやく法制度を設けるに到りました。2002年には特定外来生物法が制定され、生態系に悪影響を及ぼす外来生物の輸入や飼養等が規制されることになりました。2003年には遺伝子組換え生物規制法が制定され、組み換え実験を行う施設の確認や遺伝子改変生物の屋外放出を禁止しています。
どちらにおいても、内外からの悪影響を押さえようとするものですが、肝心の本体である生物多様性をどのようにとらえるかという哲学がないため、その本当の意味がなかなか一般には理解されない状態です。
日本では、条約に加盟したものの、この条約を実行するための国内法を制定するには到らず、5年ごとの見直しのある「国家戦略」という形で取り組むに止まっています。1995年に最初の「生物多様性国家戦略」が策定され、2002年に「新・生物多様性国家戦略」が決定しました。この第2次戦略の策定には、広く意見募集が行われ、充実した戦略となりましたが、残念ながら具体的な実効性がなかったせいか、一般に定着したとはいえませんでした。
2007年には、第3次生物多様性国家戦略の見直し作業が行われ、第2次の反省のもとに具体的な「行動計画」が盛り込まれました。
■2010年目標
生態系の劣化・悪化は進行する一方であるという危機意識のもとに、世界95カ国の1000人余りの専門家達によって「ミレニアム生態系評価」という報告書が書かれています。それによると、種の絶滅スピードはますます増加し、森林面積もさらに減少、栽培植物の品種も生産性を低下させている等々の危機的な状況が記載されています。
それを踏まえ、2006年に開かれた第8回の締約国会議(クリチバ会議)で、「2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に減少させるという」という2010年目標が合意されました。各国はそれに向けて取り組みを始めなければなりません。
締約国会議は2年に1回開催され、2008年のドイツに次いで、2010年のミレニアム目標達成の年には、日本(名古屋)で開催される予定です。この2年間で、
より多くの人々に生物多様性について関心を持っていただき、幅広い取り組みをしなければならないと思います。
<参照>
生物多様性条約について(Convention on Biological
Diversity(CBD))
http://www.biodic.go.jp/cbd.html
第3次生物多様性国家戦略(2007.11.27)
http://www.env.go.jp/nature/biodic/nbsap3/