1.はじめに
梅田ワンワンランドをめぐる野生生物違法取引事件は、違法取引に関与した者らが軒並み刑事訴追され、刑事上の取締りに関しては、野生生物違法取引事件史上画期的な成果を残した。現在は刑事裁判が係属中であるが、厳しい処罰がなされることを強く望む。
一方、水際における密輸の抑止(税関)、違法な国内取引の抑止(環境庁)、政府の管理下におかれた生きた野生生物の取り扱い(通産省、環境庁)に関しては、日本政府の体制に欠陥があることが露呈し、ワシントン条約の履行に関し大きな課題が存在することを示すこととなった。この声明に署名する下記の団体は、日本政府の各関係当局に対し、別紙のとおり勧告する。
2.種の保存法の返送命令規定が適用されなかったことについて
本件では生きた野生生物の取り扱いについて、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(以下、「種の保存法」という)の返送命令規定の初の適用事例になるかどうかが注目されたが、実現しなかった。環境庁は、当団体らの質問に対し、種の保存法の適用を見送った理由として、違法取引を行った当事者が任意に返送費用を負担すると申し出ており、強制を伴う返送命令規定を適用する必要性に欠ける、と回答している。しかし、このような理由は成り立たない。
返送命令の規定の意義は、違法取引を行った者に強制的に返送費用を負担させることに尽きるものではない。この規定の最も重要な意義は、返送に関する意思決定とそれに伴うリスクについて日本政府が最終的な責任を負うことを明らかにした点にある。例えば、施設の選定に問題があったために野生復帰の可能性がおよそ見込めないまま個体に劣悪な飼育環境下で一生を過ごさせることになったり、輸送中の取り扱いの不適切さのために個体を死亡させたりした場合は、日本政府の責任が問われる。この規定は、ワシントン条約の効果的実施を図る上での輸入国の責任を自覚し、進んでその役割を果たそうとするものなのである。
今回、日本政府は、密輸動物を王子動物園に居ながらにしてインドネシア政府に引き渡した。動物はインドネシア政府が自ら自国へ再輸出する。今後の取り扱いについて日本政府は、再輸出許可以外一切関与しないことになり、何の責任も負わない。この責任放棄が種の保存法を適用しないことの狙いだったと考えられる。返送命令規定は法施行後6年以上に渡って一度も適用されなかったが、その理由が今回の事件で明らかになったといえよう。このような行政の対応を許していては、返送命令規定は死文化させられ、ワシントン条約の効果的な実施にも水を差すことになろう。われわれは、今後とも日本政府(環境庁)に対して、種の保存法の適切な運用を要求していく。
3.インドネシア政府に返還された密輸動物について
今回返還された密輸動物については、インドネシアの収容先でどのような取り扱いがなされることになるかを監視していきたい。特に、オランウータン関連の施設については、野生復帰プログラムを持つものの、施設から森林に導入した後のモニタリング結果が公表されていないなど実績に不明な点が多いので、注視していきたい。また、専門家とも協力して、密輸された野生動物のインドネシアにおける野生復帰プログラムの改善とインドネシアの野生動物の生息地保全に関心を払っていきたい。