バタリーケージ：初めは鶏、そして今は犬

子犬農場がイギリス全土に拡がり、多くの消費者はそれとは知らずに子犬農場から犬を買っている。

ALIVE海外ニュース 2010.5-6　翻訳：宮路正子

　ずっと犬が欲しかった。子供の頃、物語の中で主人公と共に活躍するような完璧な子犬を探して地元新聞のペット売買欄をなめるように読み、動物恐怖症の母親が、ひょっとして気を変えるんじゃないかと、来る日も来る日も犬を飼ってくれとやいやい言っていた。それでも、母親は気を変えなかったが、私のしつこさに辟易してハムスターを飼う事は許してくれた。

　当時、気付いていなかったのは、私が欲しくてたまらなかった新聞に掲載されていたボーダーコリーの子犬も、ラブラドールも、コッカー・スパニエルも、その他たくさんの種類の犬も、おそらくひどい環境で飼養されていただろうということだ。まともな純血種ブリーダーが新聞やインターネットに子犬の広告を載せることはまずない。広告に載っている犬は、十中八九、子犬農場の出身だ。

　子犬農場と呼ばれる大規模な商業繁殖施設は、潜入したテレビ局のスタッフが特に悪質な動物虐待例を暴露するたびに大見出しで扱われる。そのときは、ごうごうたる非難が沸き起こり、それから加害者が法の裁きを受けるに及び、人々はやれやれと安堵する。

　しかし、その安堵感は実は誤りなのだ。暴露された事件は氷山の一角にすぎないからだ。動物福祉団体は、子犬農場がイギリス全土に点在し、特にウェールズに集中してあるという。RSPCAは、毎年約５万匹の農場で繁殖された子犬がアイルランドから輸入（あるいは密輸）されていると推計している。アイルランドでは繁殖に関する法律はないに等しい。イギリス全土で８００万匹と推計される犬のうちかなりの割合が、子犬農場で生まれているのだ。

　イギリスの犬福祉団体ドッグ・トラストは、先月開始したキャンペーンで、大規模繁殖施設を「犬のバタリー農場」と命名した。このほうが、そこで生き、そしてしばしば死んでいく犬がどのような状況に置かれているかについてより正確な印象を与えるはずだという。子犬農場という表現は、コマーシャルに出てくるかわいらしい子犬がクローバーの野原を飛び跳ねているのどかな光景を想像してしまう。しかし、ドッグ・トラストの最高責任者クラリッサ・ボールドウィンによれば、現実はそれとはかけ離れているという。「そのような施設はひどいところで、暗く、汚く、臭いのです」

　雌犬は隔離され、生命を維持し、子犬を産むために必要な最低限の食事と水を与えられる。獣医療のケアはほとんどなく、運動や刺激、愛情はゼロだ。そして身体がボロボロになるまで繰り返し出産させられ、役に立たなくなると殺処分される。犬の世話をする人手はまったく不十分で、保護団体パピー・ラブによると、ある子犬農場では、ひとりで１５０匹の犬の世話をしていたという。

　ドッグ・トラストの現地調査副責任者キャス・ギリーは、子犬農場の状態を目の当たりにしている。その規模−１００匹以上もの犬が仕切られた犬舎に詰め込まれていた。そして匂い−強烈なアンモニア臭。それから騒音−人の注意を引こうと吠え続ける声。
　「１匹の犬は犬舎から私の腕の中に飛び込んでこようとしました。とても神経質そうにうしろのほうに固まっている犬もいました。おもちゃも寝床もなく、あるのはむき出しのコンクリートの床だけでした」とギリーは語った。

　このような状態が生まれた子犬の健康にどれほどの影響を与えるか過大評価をすることはむずかしい。よくある問題には、犬パルボウィルス、寄生虫、股関節異形成、脱臼した膝蓋骨、先天性心臓疾患などがある。クレア・マークレンという女性は、つらい思いをしてこの健康リスクについて知ることになった。マークレンはネットの宣伝を見てミニチュア・ジャックラッセルを購入した。子犬は届けられると同時に具合が悪くなり、血尿が出、下痢になり、動物病院へ連れて行かなければならなかった。次の日、子犬はバスケットの中で死んでいた。
　　「心底、腹が立ちました。支払ったお金に対してではありません（子犬の値段と動物病院で２９５ポンド〔約４万円〕かかった）。子犬の命に対してです」

　マークレンは、他の多くの飼い主同様、商業繁殖された子犬を購入しているとは知らなかった。広告はそのあたりをうまくごまかしてあった。マークレンが受け取った子犬は、広告に載っていた写真の犬には似ていなかったし、繁殖業者は子犬の母親を見せようとはしなかった。それに子犬は売買されるには若すぎるように見えた。しかし、小さな子犬を汚い家に残すには忍びなかった。その家では地下で犬を、上の階で猫を大量繁殖させていた。多くのひとが同じ過ちを犯す。善意ではあっても、子犬を「救う」ことは、犬農場取引を活性化し、より多くの雌犬を生きる価値もない状態での生活へと追い込むことになる。悪徳繁殖業者は地元行政に報告するほうがずっとよい。

　身体的健康問題は問題の一面にすぎない。農場で繁殖された犬の精神的健康は、成長期の最初の数週間という重要な時期に身体的健康と同じくらいダメージを受けている。仲間の犬や人間との触れ合いを奪われ、社会化ができなくなるのだ。子犬は新しい家庭で社交術を身に付けるかもしれないが、全ての犬種が同じように学習するわけではなく、中にはすでに手遅れな犬もいる。そういう犬は攻撃的になり、飼い主とのつながりを築けないか、逆に過剰に依存するようになる。繁殖用の雌犬は子犬の養育を放棄し、攻撃すらすることもある。

　犬は食用に繁殖される農業動物ではなく、伴侶動物として繁殖されるペットなのだ、とギリーはいう。人間が、人間との触れ合いを求める犬種を選別繁殖してきたあげく、その触れ合いを奪っているのは残酷な皮肉だ。そのような犬に行動上の問題があっても不思議はない。ギリーがいうように、どうやって犬となったらいいか学んだことがないのだから。

　では、この業界に対して何ができるだろうか。現行の動物福祉法が十分であるかどうかは専門家の間でも意見が分かれるところだが、現行法がきちんと施行されていないことが当面の問題であることには全員が同意している。地方自治体の調査官は専門知識に欠けている。人手も足りず、抜き打ち検査もできない。また、繁殖業者は法の抜け穴を利用して容易く書類をごまかすことができる。

　問題解決に向けていくつかの新たな取り組みが進められている。今月発表された犬の繁殖についてのベイトソン報告書は、「動物福祉法２００６」に則り、法定業務基準を定めるよう提案している。ベイトソンは、また、販売前に犬へのマイクロチップの装着を義務付けることも提案している。そうすればどの繁殖業者が売ったかいつでも分かるからだ。英国獣医師会(BVA)は、売り手と買い手の双方を守るための「子犬売買契約の手引き」を作成中だ。ペット広告諮問グループ(PAAG)は、新聞広告やネットの宣伝で購入された問題がある犬について調査を行っている。

　しかし、業者の撲滅を目指す人たちは、最終的には消費者の教育が成功への唯一の方法だという考えで一致している。ドッグ・トラストのボールドウィンによれば、法律は悪徳業者一掃にとって重要な要素だが、消費者が子犬農場を繁盛させるか破綻させるかのカギを握っている。BVAの時期会長ハーヴェイ・ロックもこれに同意し、法律は安全網的なものだが、BVAは最も大切なのは教育だと考えているという。

　犬の市場は、他の市場同様、需要と供給の法則に従っている。安く手に入る犬の需要があれば、廉価な卵同様、それに見合うものを提供しようとする人間はいつでも存在する、とギリーはいう。しかし、自分が購入する犬とその母犬が良い状態で飼養されたことを消費者が知れば、平飼いの鶏卵により高い金額を払うように、多少高い金額でも払うだろうと考えている。

　一方、パピー・ラブはそれほど楽観的でない。一般市民の教育には時間がかかるし、同じことを繰り返し伝え続けなければならない。「犬たちは今、助けを必要としています。今、この瞬間に死にかけているのです。すでに十分に苦しんできたのです。一見、問題の解決とは思えないでしょうが、一番の方法は認可されている繁殖業者から幸せで健康な犬を買うことです。そうすることでしか、子犬農場はなくなりません」とパピー・ラブの広報担当者はいう。

　新聞広告を舐めるように見るのは何年も前に止めてしまったし、アパート住まいなので、物語に登場するような犬を飼うという夢はかなわないでいる。しかし、その夢をかなえるときには、ケンネル・クラブに連絡するか、シェルターを訪れるつもりだ。農場にいるのは農場動物であるべきでペットではない。

犬を購入する際に『するべきこと』と『してはいけないこと』

『するべきこと』

・買う前に近くの獣医師に相談する。獣医師は喜んで繁殖業者を紹介してくれるだろうし、病気の子犬を持ち込まれるより、購入する前の段階で相談を受けるほうを好むだろう。

・雑種でもかまわなければ、新聞などに広告を出す方法もある。しかし、すでに健康診断を済ませていることを購入の条件にして、これを明記しておく。入手後、４８時間以内に動物病院へ連れて行くこと。もっといいのはシェルターから手に入れることだ。

・犬が繁殖されている場所にいって子犬を見ること。そうすれば飼養状態をじかに見ることができる。繁殖業者はどこかお互いの足の便の良い中間地で会おうというかもしれないが、絶対に断ること。

・書類を確認する。繁殖業者は獣医師の診療記録を提供しなければならない。純血種はケンネルクラブの登録書類、そして犬種によっては両親の遺伝性疾患検査証明書もそろっていなければならない。

『してはいけないこと』

・ペットショップからは絶対に購入しないこと。ペットショップにいる子犬のほとんどは子犬農場が供給している。

・純血種の犬を、新聞広告やネットで見て、セール価格で購入しない。「お買い得」の犬なんてあり得ない。犬を購入し、飼養するのはお金がかかる（一生面倒を見れば最低でも１万ポンド［約１４０万円］）。それだけの金額が出せないのなら、犬を購入しないことだ。ケンネルクラブ承認の繁殖業者か純血種犬保護団体から購入すること。

・子犬がその母犬と自由に関わるところを見せてもらえないなら、絶対に購入しないこと。農場で繁殖された犬は早い時期に母犬から引き離されている場合が多く、代わりの雌犬を客見せ用にいっしょにしておくこともある。

・その場の思いつきやプレゼントとして犬を買ってはいけない。自分のライフスタイルに合うのはどの犬種か調べること。犬は毎日１時間から２時間の運動が必要で、１５年程度の寿命があることを忘れないこと。

２０１０年２月３日
The Guardian
http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/2010/feb/03/puppy-farms-battery-dogs