アメリカからのレポート
アニマル・シェルターのススメ(その2)
〜人とペットとのより良い関係のために〜
角 恵美
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アニマルシェルター:NOAH
左:犬の部屋
右:猫の部屋 |
適正保管、返還、譲渡を最優先
シェルターにはあらゆる経緯の動物が持ち込まれます。
迷子や遺棄のものだけでなく、飼い主持ち込みのものでも健康歴や身体状態を正確に把握できないことが多く、全ての動物はシェルターに引き取られるとすぐに専門のスタッフや医師による健康や性格を測るための身体検査を受けます。検査内容はシェルターの方針や収容理由によっても異なりますが、寄生虫やノミの予防薬と予防接種を与えるところも少なくありません。
病気や怪我の動物は治療をしてアイソレーションと呼ばれる分室に入れたり、攻撃的な犬や咬傷事故による法定抑留の犬の場合は検疫のための分室に入れたり
します。
身元が分かる迷子は、飼い主に連絡をして引き取りを待ちます。飼い主不明の迷子は、明らかに遺棄と分かるものを除き、行政もしくは委託のシェルターで法定収容期間(通常5〜7日)保管され、飼い主が現れるのを待ちます。
期間中に飼い主が現れなかったものと飼育放棄によるものには、アダプション(里親募集)適性審査を行い、適性と判断されたものだけをアダプションに適用します。
シェルターは不自然な生活環境なので、しつけされた気質の良いものでも不安と緊張などのストレスによって、攻撃的あるいは人見知りするなど異常行動を見せることもあり、本性を見極めるのは非常に難しく、この適性審査には専門の知識や技術と慎重性を要します。
殺処分を行うシェルターでも、アダプションによる譲渡を最優先します。虐待により心身のケアが必要な動物や生後間もない子犬や子猫などすぐにはアダプションに適用できないものは、各シェルターのフォスター・ケアのボランティアに預けられることもあります。
収容環境が過密になりやすい行政シェルターでは、必要に応じて民間シェルターやレスキュー・グループに犬猫の引き取りを依頼したり、民間シェルターやレスキュー・グループが行政シェルターに譲渡されやすいものや安楽死予定のものを保護しに行ったりするなど、シェルター間での動物の移動もよくあります。
no-killは、you killの段階
アメリカには数多くのノー・キル施設が存在し活躍していますが、「殺処分ゼロ」の社会が実現されたというわけではありません。それどころか、毎年3〜4百万(HSUS推定)もの犬猫が全国のシェルターで殺処分されているというのが事実です。
ノー・キル施設は人気があり、常に満杯状態というところばかりで、受け入れ条件を満たす飼い犬や飼い猫でも順番待ちになることがほとんどです。運良く受け入れられたもの以外は、オープン・ドア・シェルターに行かざるを得ません。譲渡可能なものは殺処分しない方針のところでも、日々持ち込まれるたくさんの動物を全て受け入れなくてはならず、譲渡困難なものは必然的に安楽死されます。アメリカでの殺処分は、直接的あるいは間接的に全てのシェルターによって行われているのが現状です。
迷子や遺棄によって路上放置された犬猫のほとんどは、飢えや病気で衰弱したり、交通事故や他の動物に襲われ怪我をしたり、あるいは災害や厳しい天候に見舞われるなどと、長く苦痛に耐えながら死んでいきます。不妊去勢措置をしていないものからは、さらに多くの犠牲が生まれています。
また、たとえ最新式のシェルターであっても、収容動物はストレスによる免疫力低下のために病気になりやすく、あるいは情緒不安定となって健全な精神状態でいられなくなることがあります。短期保管目的の施設に動物を長期収容することも、「家庭動物」である犬猫にとって適当ではありません。
オープン・ドア制度(どれも引き受け)で、かつノー・キル(どれも殺さない)方針のシェルターは、聞こえは良いのですが、実際は不適切で不十分な杜撰な管理になりやすく、保護するはずの動物をより苦しめる結果になります。そのため、各地域に最低1カ所は必ず、全ての動物に開かれ、生命尊重の理念に基づき必要に応じて殺処分を行うオープン・ドア・シェルターが設けられています。
アメリカでの殺処分は、「安楽殺死(euthanasia)によって行われます。安楽死を施すことをeuthanizeと言い、ギリシャ語の「苦しみのない安らかで幸福な死」を意味する言葉から発祥したもので「よき死」とも訳されます。元来、病気や怪我などで治癒の見込みがなく、それに伴う耐え難い苦痛から解放するためにやむを得ず施す措置のことで、生活の質(quality
of life)を重視した考え方です。
殺処分を行うシェルターの多くは最長収容期間を定めず、安楽死の適用は動物の心身の健康状態や気性と、施設側の適切な保護のための設備と資力の状況によって判断されます。繁殖期にはどこのシェルターも非常に混み合い、殺処分を行うシェルターでは、譲渡困難あるいは不適なものばかりでなく大多数の健常な動物も安楽死させられます。
この瞬間にもどこかのだれかによって殺処分が行われているのは、全国の無責任な飼い主や繁殖業者のために毎日7万匹以上(HSUS推定)もの犬猫が生まれているからです。それに加えて、不適切な飼い方のために健康や行動に問題を持つ「譲渡困難または不適」とされる成犬や成猫の収容数が増えているからでもあります。
安楽殺は、シェルターだけでは身寄りのない全ての動物に新たな飼い主を見つけることも、人道的に終生飼養することもできないことから、収容動物の「生命の質」を尊重した挙句の最終措置なのです。
人道的な措置とはいえ、生きる機会が与えられるべき動物の命までも絶たなければならないのは全くの悲劇です。適切な世話としつけが与えられていれば助かったはずの命もたくさん失われていきます。スペース、時間、財力などの不足や、適性判断の誤りなどによって譲渡可能な動物が安楽死させられるのは遺憾なことです。
殺処分に関する議論は絶えず、ノー・キルには賛否両論ありますが、ノー・キル団体のみならず動物愛護に携わる人ならだれも殺処分はなくしたいものです。殺処分するシェルターとそうでないところが協調してそれぞれの役割を果たしているからこそ、数多くの動物の命が救われているのも事実です。
アニマル・シェルターの取り組み
ただ引き取り手のない余剰動物に安楽殺の措置を施すばかりでは、何も解決されません。殺処分ゼロと譲渡率の増大を強調する余り、動物を長期収容したり飼養希望者に見境もなく譲渡したりするのは、かえって動物を危険に陥れることになるばかりか、シェルターに持ち込まれる動物の数を増やし、処分数を増加させる結果となります。
そのため、アニマル・シェルターは地域社会における動物の福祉の拠点となって、人と動物との良い関係づくりを強調した取り組みを行っています。
■アダプション(養子譲渡)
養子縁組が多いアメリカではペット・アダプションへの意識も高く、ペットを飼いたい人の多くはアダプションを最優先に考え、アニマル・シェルターを訪れます。商品化された命を買い得ることと生存の危機にある命を庇い得ることの違いは子供たちもはっきり理解していますし、パピー・ミルや繁殖業者の実態を把握する大人たちも少なくありません。
シェルターの動物は全てペットとしての適性を判断されたものばかりで、種類、年齢、性格ともに様々なものと触れ合いながら自分と最も相性の良いものを見つけることができるので、大勢の人に親しまれています。各地の譲渡可能な動物の情報は、シェルターのウェブサイトや「ペット・ファインダー」と呼ばれるペット・アダプション情報検索サイトから事前に入手することができ、希望のペットを効率的に探すことができます。
実際のアダプションでは、飼い主としての適性と希望する動物との適合性が記述と面接によって審査されます。主な内容はペットを飼いたい理由、希望するペットの理由、家族構成(ペット含む)、住宅環境、家計状況、過去のペット経験談、ライフスタイルなどで、ペットを受け入れる心構えや準備が問われます。
ペットに必要な時間、飼育に伴う経済的負担、しつけや習性など、飼育の基本的な知識があるか否かも判断されます。明らかに飼い主不適と判断されれば譲渡は断られますが、大抵はアダプション専門のスタッフ(アダプション・カウンセラー)によって正しい飼養の知識と方法が指導され改善を求められます。
アダプション・カウンセラーは、より適したペットを薦めたり、動物に関する法律やマナーの指導をしたり、様々な質問や相談などにも対応したりします。家庭訪問や「お試し期間」を譲渡の条件に入れるレスキュー・グループもあります。
■不妊去勢措置
譲渡前の動物にはマイクロチップ(電子迷子札)の挿入や郡や市へのライセンス登録が行われるのが一般的です。ほぼ全てのシェルターでは譲渡前の不妊・去勢措置を義務付けていて、手術は付属の動物病院や不妊・去勢クリニックまたは提携の獣医によって行われます。一般のペットにも安価で不妊・去勢手術や獣医療を提供するシェルターも各地にたくさんあります。
アダプションは有料で、シェルターや動物の種類によりますが、50〜150ドルです。これは不妊去勢手術、ワクチン、治療費、食費などが含まれる保護費であるとともに、里親としての自覚を高めるためのものです。
■アドミッション(受け入れ)
HSUSなどは「不要」になった動物の遺棄を防止するために、シェルター持ち込み料の無料化を推進しています。そのため、多くのシェルターでは低価もしくは無料で動物の引き取りを行っています。
飼い主持ち込みの場合には飼育放棄の理由が詳細に問われ、理由によっては問題解決へのアドバイスをするなど放棄以外の方法が勧められます。シェルターには、ナイト・ドロップ(night
drop)といって夜間や時間外に持ち込まれる動物を保管するための設備を入り口の外脇に備えるところもあります。この「匿名」システムには反対する人
も少なくありませんが、動物が路上、空き地、それにシェルター脇などに遺棄されることを防ぐための効果的な手段ともいえます。
■コミュニティ・サービス
アニマル・シェルターの多くは、地元の市民を対象に犬のしつけ方教室や相談窓口などを設けて、ペットに関する様々な問題に対応しています。規模の大きなシェルターでは、ヒューメイン・エデュケーションや動物介在活動/療法(AAA・AAT)などの活動も行われています。
動物病院やクリニックの設備があるシェルターでは、獣医学のプログラムと提携して学生実習の場を提供するところも増えてきています。最近では、ペット用品販売、デイ・ケア、犬宿舎、火葬・埋葬、グルーミングなどのサービスを行うところもあります。
アニマル・シェルターには、動物の世話、掃除、洗濯のほか、専門性のあるウェブサイト管理やクリニック助手など様々なボランティア活動があり、市民にとって良きボランティア育成の場となっています。動物保護の現場での体験は、動物に対する責任感と思いやりの態度を育むばかりでなく、全ての生きものを大切にする道徳的態度を育て、より豊かな人格形成にもつながります。
シェルターの施設環境
アニマル・シェルターのなかは常に明るく清潔な環境に保たれ、市民に親しまれる雰囲気作りにも気が配られ、設計上でも様々な工夫がなされています。目的の異なる複数の役割を担うシェルターでは、アダプション(里親譲渡)とアドミッション(受け入れ)の入り口と受付を分けたり、犬舎と猫舎を引き離したりするなど、それぞれの機能が円滑に役目を果たせるような配慮がされています。
バーレス環境といって収容スペースに金製ケージや金網を使わず、犬猫をガラス張りのケースや個室に収容するところも数多くあります。数匹の猫を収容するための「キャット・コロニー」と呼ばれる遊びまわれる環境の部屋を設けたり、収容スペースを「リアル・ライフ」といって家庭に近い環境に設定したりするシェルターも増えてきています。飼養希望者と希望の動物とがお互いを見定めるためのプレイ・エリアや懇親スペース(get-acquainted
room)も設置されています。
アダプション・エリアの設計はスーパーマーケットのものに似ていると言われますが、それは大勢の人を引き入れて全ての収容動物に「見られる機会」を与えるために、キャット・コロニーなど人の目に留まりやすいものは正面に、「今週の犬/猫」など注目を得たいものは前方に、子犬や子猫など誰もが欲しがるものは後方に配置されることが多いからです。
最近では、「シェルターメディシン」といってシェルター環境における動物の管理方法の研究が進み注目され、それらの知識も取り入れて安全で、健康的で、効率的な施設の環境づくりが行われています。それもこれも、収容動物、スタッフ/ボランティア、一般利用者それぞれに望まれる有効なシェルターを目指しているからです。
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アニマルシェルター:NOAH
左:治療室
右:ケア商品 |
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